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あたしは今まさに、その脳の誤作動ってやつを起こしているらしい。今日会ったばかりの男に。きっとあたしの脳はどろどろに溶けちゃっているか、もしくは中の回路が焼き切れちゃってるんだ。
黙々と食べているあたしのことを、蓮はずっとレンズ越しに見ている。ファインダーを覗く蓮の顔を盗み見る。真剣なその表情に瞳を奪われてしまいそうになる。
「ねえ、あたしのこと撮るの、楽しい?」
「うん」
「顔がわかるようなものは写真展なんかに出されたら困るんだけど」
「わかってる。僕が好きで撮ってるだけだから」
『好き』という言葉にまた心臓が跳ねる。あたしのことが好きって言ってるわけじゃないのに。誤作動中の脳では正しく処理できないらしい。
「じゃあその写真はどうするわけ?」
その問いにようやく蓮はカメラから顔を離してこちらを見た。
「うーん。写真集でも作ってユウにプレゼントしよっか」
「自分の写真集とか、いらないって」
「そう? 綺麗だと思うけどな」
蓮に会ってまだ数時間。だけど、こいつはたぶん嘘は言わない男だとなんとなく思った。ただ、厄介なことに彼が放った『綺麗』という言葉は、今日みたいな澄んだ空とか透明な海とか、そういうものに向けられるものと同じ意味合いなのだ。きっと。あたしは奥歯を噛んだ。『可愛らしい女』として見られることに辟易していたというのに、あたしは蓮にそういう目で見られたいと思ったのだ。
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