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家に帰って履歴書を用意すると、すぐにもう一度その店に行った。誰かに必要とされたかった。もしくは、忙しくすることで早く蓮のことを忘れてしまいたかった。用意した履歴書はさほど役に立たず、強面で不器用そうな店長は渋々という表情であたしを雇ってくれた。
そのカフェの従業員はあたしだけで、ほとんど毎日のように働かせてもらえた。店内の客と談笑していれば、気が紛れる。この場所では取り繕う必要がない。そうやって日々をやり過ごしていくうちに、蓮の顔も声も少しずつ思い出せなくなっていった。
忘れてしまいたかったくせに、忘れてしまうこともやりきれなくて。どうせもう会わないのなら、キスぐらいしておけばよかった。たった一日、それも二十四時間にも満たない時間を一緒に過ごしただけの蓮にずっと恋焦がれている。夏の盛りは疾うに過ぎていて、夕暮れ時には気持ちの良い風が吹くようになっていた。
名刺を頼りに探しに行くこともできるのに、それをしなかった。失うのが怖いなら、手を伸ばすべきじゃない。何年か経ってから振り返って、少しだけ胸を甘く締め付けるような、そんな思い出にしておけばいい。
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