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「残してしまって、ごめんなさい」
お金を払いながら謝ると、大丈夫ですよ、と笑顔を返される。店としてはきっとよくあることで、気にしてなんかいないだろうけど、申し訳ない気持ちになってしまう。ふたりで来ていたなら、こんな気持ちになることもなかったのだろうか。とか、気を抜くと二股男の顔が思い浮かんで腹が立つ。
店を出て海への道を歩く。日陰が見つからなくて、凶悪な陽射しを浴び続けた髪はどんどん熱を吸収していくように感じる。途中で見つけた自動販売機で水を買って、勢いよく傾けたら唇の端からいくらか零れた。手の甲で拭って歩く。潮の匂いが強くなってきた。海はもうすぐそこだ。
数メートル先から砂浜が広がっている。サンダルのまま歩いたら、じゃりじゃりと細かい砂粒が擦れる音がする。振り返るとあたしの足跡は他の人たちのものに紛れていた。サンダルを脱いで片手で掴む。水分を含んでいない砂はさらさらとして、ただ猛烈に熱かった。海って、冷たくて涼しいものだと思っていたのに。じっとしていられず、駆け足で波打ち際まで進む。ぎゅっと詰まった少し濃い色をした部分は、幾分冷たさを感じた。
空の青と海の青の境界線が見える。どちらも青なのに、混じり合うことがないのは不思議だ。足首まで海水に浸かった。引いていく波が巻き上げた砂に足を取られそうになる。
――カシャ
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