二度と戻らない時。

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夏は、毎年祖母の家に遊びに行っていた。 しかし、祖母が亡くなってしまったため今年からはもう、行く事はないだろう。 縁側に座ると聞こえてくる、風鈴の音も。 蚊取り線香の懐かしい匂いも。 祖母が持ってくる冷えたスイカも。 夜になるとわざわざ浴衣まで着て楽しんだ、線香花火も。 もう、あの時は戻って来ない。 母の地元だったその地域は、縁側から海が見えた。 夕日が沈む様子は、いつ見ても感動的だった。 それを見ることも、あの潮の香りを嗅ぐことも、もう無いかもしれない。 「寂しいわね」 「……うん」 母は薄く笑ってそう言うけれど。 一番悲しんでるのはこの人だって、よく知っている。 「スイカ、食べようか」 「うん」 そう言って母が出してくれたスイカ。 「これ、お祖母ちゃん家のお隣さんがね、ここにわざわざ送ってくれたのよ」 「……美味しいね」 「そうね。甘くて美味しいわね」 母の目に涙が滲む。 一口齧ったスイカは、あの時食べたものと同じ味がした。
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