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2005・7・9
「それ、ひまわりじゃなくてルドベキアって言うんだよ」
プッと笑ったあとに、そう得意げに教えてくれたキミの姿は今も鮮明に覚えてる。
あの日、夕暮れの向こうに去っていくキミの笑顔も同様に俺は――。
テレビを付ければロンドン同時爆破テロのニュースばかりだ。凶悪で卑劣な犯罪だけど、ブラウン管の中の対岸の火事に悲しみや怒りが生まれるほど、絢太は多感な子供でもない。ニュースのせいで、見たい番組が中止になった腹立たしさはあったけれど。
家にいてもしょうがないと絢太は外へと出る。近所の駄菓子屋『あかねいろ』に行くためだ。かなり早めに家を出発したので、まだあいつはいないだろう。
十分後、『あかねいろ』の看板が見えてくる。店の左下には黄色い花。店主のおばちゃんが育てているルドベキアだ。そのルドベキアの横に並ぶ三台の筐体。予想外にも彼女はもうそこにいた。
一台の筐体の前に座り、レバ―をにぎってゲーム中の彼女。他に誰もいないのは、今日がやたらと暑いからだろう。太陽が一番元気なお昼ならなおさらだ。絢太は額の汗を袖でぬぐうと、麦わら帽子をかぶった彼女に声を掛けた。
「早いじゃん、奈那」
「あ、絢太。うん、『ジャンゴでジャンゴ』やらないから来ちゃった」
「俺も。ニュースなんか興味なくてさ。対戦する?」
「うん。シーピーユーはつまんないもんね。はいどうぞ」
ニカリと白い歯を見せる奈那。絢太は筐体に五十円玉を投入すると、奈那の右となりに座る。対戦するのは現在、大人気の対戦格闘ゲームだ。小学五年生の二人がプレイするには難しいゲームだけど、同じレベルの絢太と奈那で戦う分には難易度の高さは関係なかった。
「うわ、マジかよ。またやられた」
「やった。これで三連勝。どうする? まだやる?」
「うーん。今日は止めとく。お菓子買いたいし」
「あ、ヤングドーナツ買っといて。あとでお金払うから」
「分かった」
絢太は駄菓子を食べながら奈那とおしゃべりをする。いつも通りゲームの話や学校の話。でも学校の話をするときに奈那はずっと俯いていて、口数も少なかった。絢太はそれが気になって聞いてみる。学校で何かあったのかと。すると彼女は頭を振って違うと呟くと、絢太を真正面から見据えた。目が潤んでいた。
「私、もう学校行かないんだ。明日、引っ越すから」
「え? そんな話、聞いてないぞ」
「うん。お父さんの都合で急に決まったから」
「本当に引っ越すの? 嘘だろ?」
気の置けない友達だった。一緒にゲームの対戦ができる唯一の女の子だった。それ以上に好きだったのだと思う。奈那のことが。そして今、引っ越すと聞いてその気持ちが正しかったのだと絢太は気づいた。
「嘘じゃないよ。絢太にこんな嘘つくわけないじゃん」
「そんな、急すぎだろ。行くなよ」
「無理だよ、そんなの。……明日さ、一時にここに来て」
「明日? なんで?」
「最後に絢太と対戦したいから。――ごめんね」
家に帰った絢太は枕に顔を押し当てて泣いた。人生初めての号泣だった。明日で奈那と最後なんて信じられなかった。でも本当らしい。絢太はその夜、奈那のことで頭がいっぱいで結局、一睡もできなかった。
「来てくれたんだ。良かった」
十分前に『あかねいろ』に着くと、奈那はもういた。昨日と同じ麦わら帽子をかぶって。
「当たり前だろ。最後、なんだし……。車で来たんだ」
「うん。ここで絢太と対戦したらそのまま行くから」
「そうなんだ」
「うん」
「対戦、する?」
「うん」
絢太と奈那は筐体の前に座る。キャラクター選択が終わり、対戦が始まる。始まれば終わりがある。終われば奈那はこの町からいなくなってしまう。そんなのは嫌だ。でも今更どうにもならない事実だ。だったら最後に伝えるべきなんじゃないか。
でも勇気がない。最後だというのに勇気がでない。
「やった。ラウンド1はもらった。ねえ、絢太本気でやってる?」
「え? やってるよ。次は絶対に負けないからな」
「そうこなくっちゃ」
そうだ、奈那に勝ったら伝えよう、と絢太は決めた。そうやって決めておけば言わざるをえなくなるのだから。だから絶対に奈那に勝つ。絢太はゲーム画面に集中する。額を流れる汗が目に入っても気にせずにレバーを動かし続けた。
「よし、食らえ、超必殺技」
「わ、危なかったー。今度はこっちの番だよっ」
「あ、待て、それやられたら、あ……」
「わーい、勝った。ラウンド2も私の勝利」
終わった。ラウンド1、2と両方取られて絢太は負けた。僅かながらの勇気も霧散した。ふらふらと立ち上がる絢太の手を奈那が握る。初めて握った彼女の手はとても小さくて柔らかかった。
「絢太。さようなら。でもずっと友達だよ」
「ああ。ずっと友達だ。だからさよならなんて言うなよ」
「そうだね。またね。絢太」
奈那の手が離れる。車で待つ両親のところへ走っていく彼女。絢太はその背中に声を掛けた。
「またっていつだよっ? 今度はいつ会えるんだっ?」
奈那が振り返る。
破顔させる彼女は言った。
「ルドベキアの咲く頃に、またっ」
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