9.

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 最初のうちは公園で待ち合わせして、そのまま一緒にコンビニに寄って逸の家に行っていたが、それを何度か繰り返すうちに気候もどんどんと寒くなり、やがて、逸が帰宅したあとに豊太郎が直接家に訪ねてくるようになった。逸が事前にだいたいの帰宅時間を連絡し、逸がつまみの用意をしている間に、豊太郎が酒と団子を持って家にやって来る。つまみは逸が用意する代わりに、酒は豊太郎が用意するという暗黙の了解もできあがっていた。  逸が帰宅してすぐにつまみの用意をしていると、早々にインターホンが鳴る。その場で逸が「はあい」と返事を返すと、ドアが開いてひょっこりと豊太郎が顔を出す。最近では火を使う簡単なつまみを覚えたから、豊太郎が訪ねてくるタイミングで手が離せないことも多いため玄関の鍵は開けっ放しだ。 「こんばんはあ」  そう言いながら入ってきた豊太郎は、どこか物言いたげな顔で「お邪魔します」とキッチンにいる逸のところまで来る。 「逸くん、やっぱりドアの鍵は閉めた方がいいよ。なにがあるかわからないんだから」 「でも、トヨくんすぐ来てくれますし。ほんの数分ですよ」 「でもねえ、」  初めて「鍵は開けておくので勝手に入ってください」と伝えたときから、この案に豊太郎は批判的である。どうにかしてこのやり方をやめさせようと、毎週説得を試みてくるのだ。が、逸としてはこの方法が一番効率的だと思うし、手がかからないから譲りたくない。それに、代打案も今のところない。 「これ、今日のお酒」 「ありがとうございます」  コンビニのビニールを受け取り、すぐに飲まないものは冷蔵庫に入れ、そのほかは豊太郎にそのままテーブルへと持って行ってもらう。つまみもできあがり、皿に盛り付けると、逸もテーブルについた。豊太郎は既に、勝手知ったる様子で取り皿や箸を用意しておいてくれている。 「じゃあ、今週もお疲れ様でした」 「お疲れ様でした」  そう言って、ふたりで缶を合わせる。  そうしていつもどおり他愛のない話を繰り返していると、ふと、豊太郎が思い出したように「あ」と声を上げる。 「そういえば来週さ、かあちゃん、自治会の慰安旅行なんだよね」 「そうなんですか? あ、じゃあ、お店は?」 「その日は臨時休業。俺のじゃあ、まだまだ売り物にならないからね」  からりと笑いながら豊太郎は酒を煽る。 「んでさ、せっかくだし、逸くん家にお泊りとかしたいなーって」 「え?」  驚いて逸が聞き返せば、豊太郎はほんの少し不安を滲ませたような、様子を伺うような表情で逸のことを見ていた。その表情に逸はどきりとする。見たことのない豊太郎の表情に驚いた。 「だめ?」  念を押されるように再び尋ねられ、逸は思わず「いいですけど……」と応えてしまった。 (別に、断る理由はない、か)  そう考えていると、豊太郎はなにかを見透かしたように、「本当に?」と顔を覗き込んでくる。 「本当に? いいの?」 「いいですよ。狭いけど。あ、でも、お客さん用の布団とかないや」 「一緒に寝るから大丈夫」 「あの狭いベッドに?」 「くっついて寝たらあったかいじゃん。俺、子ども体温だからあったかいよ」  ほら、と豊太郎は逸の手を握る。その手は、なるほど、確かに温かかった。 「いい歳して、子ども体温って」  思わず逸が笑えば、豊太郎は一瞬だけ、きゅっと逸の手を握る手に力を込めた。そして、すっと離れていく。 「次の日も店が休みだからさ、逸くんと親交を深めるチャンスだと思って」  豊太郎がからかうように笑う。最近は仕込みも手伝っているため、豊太郎の朝は早いのだ。こうして金曜日の夜は時間を作ってくれるが、いつもであれば、笹と変わらぬ時間にもう寝入っているらしい。 「もっと、仲良くなりたい」  そして、ふいにそう言われる。逸の心臓はどくりと震えた。どんな顔をしてそんな台詞を言っているのかと豊太郎の顔を見れば、目尻が下がり、優し気な笑みをたたえながら、豊太郎もまた逸を見ていた。その顔を見て、逸の心臓はまた変な脈を打つ。
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