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朝からしとしと降り続いていた雨は
夜になると止み、
具合の悪い事に雲が降りてきた。
辺りは霧で真っ白になり、
搭乗待合室から、駐機している飛行機が
見えない程の視界の悪さだった。
小牧海は無線を持って、
ゲート近くで到着機を待っていた。
最終便の使用機は
空港上空で着陸のチャンスを窺ってる。
一瞬の雲の隙間を縫って、
外資のエアラインが着陸した。
搭乗待合室内で拍手が起こった。
それを見て、
ゲートにスタンバイしていた係員に
詰め寄る乗客たちがいた。
「おまえんとこの飛行機はどうなってんだよ!
よその飛行機、降りてんじゃねぇかよ!」
「散々待たせた挙句こんな時間に放り出されても
こっちは迷惑なんだよ!」
詰め寄られた係員は、
申し訳ございません、と力なく謝罪していた。
少し離れた所で到着のスタンバイをしていた
海は駆け寄ると言った。
「お客様! ただいま上空の乗員は、
安全第一でベストを尽くしておりますので!」
男性係員の海がすっ飛んで来ると、
クレームをつけていた男性たちは散っていった。
海は一礼すると、
ボーディングブリッジへ続く廊下へ向かった。
タキシングしてスポットへ入る
外資の飛行機を一瞥した。
その時、無線が告げた。
〈オールステーション、一方送信
X X X便、『5分前』!!
まもなくランディングです!
ETA21:15、折返し最終便ETD21:50、
どうぞ!〉(※1)
無線のイヤホンをしていた者は皆、
心の中でガッツポーズしたはずだ。
ランディングの5分になると
モニターの到着時刻が点滅し、
到着の担当者はスタンバイする。
それを海の職場では『5分前』と
呼んでいた。
クレームで詰め寄られていた
ゲートの係員たちも
『5分前』出たよ、と口々に言い、
安堵の表情を浮かべていた。
海は、ボーディングブリッジに急いだ。
ボーディングブリッジ脇の簡易階段を
オペレーターが駆け上がってくるのが見えた。
海が先の方へ向かうと、
オペレーターは馴染みの松本だった。
「小牧が到着か。『5分前』出たな!」
2人は二言三言話すと、
飛行機のドアが着くまでは開け放たれた
ボーディングブリッジの先から
空を食い入るように見つめていた。
興奮冷めやらぬ海は続けた。
「にしても、さっきの
〈オールステーション、一方送信〉の無線、
カッコ良かったなぁ〜。
さぶいぼ出たわ」
さぶいぼて、と苦笑する松本に海は続けた。
「いつも、毎便モニターの到着時刻が
点滅するだけの『5分前』だけど、
それは当たり前じゃないんだなって
思い知らされたね」
「あぁ、今日のディスパッチ、岩瀬さんだねー、
確かにカッコ良かったな、
普段はニコニコ柔らかい人なのにな。
すごい天気の勉強もしてるらしいよ」
「へー、ディスパッチの岩瀬さんかー。
今度、話聞いてみよ」
まもなく、薄く残った霧の中を
ぼんやり灯りが近付いてきた。
飛行機は着陸すると、
ゴォーっと逆噴射のエンジン音を轟かせた。
雨に濡れた飛行機はゆったりと
スポットに入ってきた。
(※1) ETA:到着予定時刻、ETD: 出発予定時刻
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