7.そこにあった日常

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「あれ、何これ?」 香織がアルバムをめくって首をかしげた。どうやら最後の頁に何かが挟まっているようだった。香織がそれを手に取って見せる。 色は薄い茶色で何かの植物が萎れて変色したもののようだ。何かの花だろうか。濃い色の花のように見える。花びらと思しき部分は形もかなり崩れてしまっているがどことなく見たことのあるものだった。 何かが脳裏に過る。何だっただろうか。この花も知っているはずだ。そしてもう一つ何かを思い出そうとしている。もう少しで分かりそうなのに分からない。もどかしい。何なんだろうか、この感覚は。 「ね、このおじいちゃんの隣にいる女の人誰だろう?」 香織がアルバムに一枚だけ挟まれている写真を指差す。古い写真だがそこには今より30歳ほど若い祖父と隣に女性が立っている。その女性は40代ほどで女性自体には一切面識がないはずなのに顔立ちはどこか見覚えがあった。その女性を見ただけでまたしても奇妙な感覚が襲う。そして祖父と女性の背景を見た途端鼓動が速くなるのを感じた。 背後にはどこかの家の玄関のようだった。少し古びてはいるものの広くて高級そうな内装だ。これにも見覚えある。この家の玄関ではない。しかし間違いなく"この玄関に足を踏み入れたことがあるはず"だ。 そこであることに気づく。咄嗟に香織がちょうど開いているアルバムを取ってページをめくる。ほぼ奪取するような形だったため香織が驚いて抗議する声が聞こえるがそれを無視して先頭の方の頁をひらく。 そこには昨日見た若い頃の祖父が海軍にに入隊した時の集合写真だ。祖父の隣に立つ青年。祖父よりも頭一つぶん背が高く祖父のようなはっきりとした顔立ちではないものの、どこか惹きつけられる。 その青年、志木敏郎だ———― ようやく全部を思い出した。そうだ、忘れていたのはこれだ。あの丘から転落したあと81年前の昭和14年8月へと行ったのだ。そしてそこでまだ18歳だった志木敏郎と出会って数週間共に過ごした。犬に助けられたこと、不審者扱いされたこと、怪我を手当てしてもらったこと、志木家の人たちに良くしてもらったこと、法恵との散歩の一件で和解したこと、敏郎と日本橋の百貨店に出かけたこと、敏郎と行きつけのコーヒー店に行く約束をしたこと、敏郎とあの丘で千日紅の押し花の作り方を教えたこと———— 確かにあの時代に行ったことは予想外だったし非日常のはずだった。しかしこれから戦争に向かっていく中の生活とは言え、あそこにあるのは確かに"日常"で片時の"平和"だった。時代が違えど敏郎は自分と同い年の18歳で普通のどこにでもいる少年だったのだ。ただ数年後に戦争に行かなければいけなくなるというだけで、普通の少年だったのだ。 なぜ忘れてしまったのだろうか。忘れてはいけないことだったのに。ほんの数日でも、数週間でも敏郎と共に過ごしたことは事実なのに。まさかあれは全て夢だったのだろうか?夢だから忘れようとしていたのだろうか。昭和にタイムスリップするなんて現実的じゃない。あれは夢じゃないというのならきっと他に説明がつかない。だけど、あの日々を"夢"の一言で片づけてしまうのはあまりに悲しいことじゃないかと感じる。本当にあれは夢だったのだろうか。確かめる術がないだろうか。 「にいちゃん!」 横からの突然の香織の声に驚いてびくっと反応する。香織を見ると眉をひそめて睨んできた。 「勝手にとらないでよー。どうしたのいきなり?」 「あ、あぁ…いや、ちょっとな。」 誤魔化すように返答をしてその頁から祖父と敏郎が写っている写真を抜き取った。再び最後の頁を開いて先程の30年前の祖父と女性が写った写真を出す。女性の顔の横に敏郎の顔が来るようにして双方の顔を見比べる。やはり、似ている。この女性の顔立ちといい、二人の背景の場所といい、関係が分かったような気がする。 そうと決まれば、あとは本人で確認するだけだ。
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