8.去り征く君を想ふ

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「この女性は顔立ちからして志木敏郎の血縁者じゃないかと俺は考える。じいちゃんが志木敏郎の血縁者に会いに行ったってことは志木敏郎の話もしたんじゃないか?そして、じいちゃんは昨日志木敏郎の生死については知らないって言ってたけど、本当は知っているんじゃないのか?」 全て話し終えると再び沈黙が訪れる。暫くの沈黙の後、何か考えるような素振りをしていた祖父がゆっくりとこちらに目線を合わせ重苦しく口を開く。 「そのことについて知ってどうするんだ」 「…この女性が志木敏郎とどういう関係で、それでもし今も健在なら直接会って志木敏郎がどうなったのか話を聞きたい。」 「なぜ、お前が志木のことを知りたがるんだ?」 「そ、それはその…気になったというか何というか…」 ただ単に写真で見ただけの過去の人間のことを知りたがるなんて理由としては十分ではないだろう。しかし正直に「過去にタイムスリップして本人に会った」なんて言えない以上誤魔化すしかなかった。そして、もう一つ証拠がある。これに関してはほぼ憶測みたいなものだが。アルバムの最後の頁を開いて間に挟まっている萎れた花を手に取って見せる。 「これ、"押し花"だと思うんだ。萎れてるし変色してるしほとんど原型がないけど。じいちゃんが作ったものかな?じいちゃんが押し花なんて作るとは思えないけど、この時代はまだ母さん始めてないしわざわざこの頁にこの写真と一緒に挟むなんて他の人は考えられないからさ。」 花びらの向こうの祖父と視線が交わる。あくまで予測だが、この花もしかしたら千日紅じゃないだろうか。花びらの形、そしてあの丘で敏郎と見たことがあってかそう感じる。 その双眸には「猜疑心」や「嫌悪」は感じられず「困惑」の二文字が浮かび上がっている。志木の生死のことを言わなかった通りこのことに関してはあまり話したくはないのだろう。しかしこちらはその真相が知りたいのだ。食い下がるわけにはいかない。 「…啓太、どうしても知りたいか?」 祖父の重い声色に気圧されることなく「うん」と答える。祖父はそれを見据えてゆっくりと言葉を続けた。 「…この女性はな、井手勇子さんという。旧姓は志木。つまり志木の娘さんだよ。」 敏郎の娘、ということは志木は結婚していたということなのだろう。結婚したのが出征する前か終わった後かは分からないが結婚をして娘を儲けていたということだ。何となくそういった予想はあったがいざそう告げられると驚いてしまう。そして何より敏郎が本当に実在していたということを今ここで実感しているという、えもいわれぬ気持ちだ。 「この写真はお前が言った通り30年ほど前の写真だ。定年退職して今後の余生をどこか違う土地で過ごそうかと考えていた時、戦争が終わってから付き合いの続いていた志木の奥さんだった冨美子さんの薦めもあってな。この街が気に入ったし住もうかとうことになった。それでここに来てからまもなく冨美子さんが倒れてなぁ。遠方にある施設に預けることになったから勇子さんも近くに引っ越していったんだが、引っ越す前に一緒に撮った写真がそれだよ。」 思いで話を懐かしむように話す祖父の様子からは先程までのような張り詰めた空気はない。「冨美子さんはその時もう施設に入ってしまったから残念なことに三人では撮れなかったんだけどなぁ」とどことなく楽しそうだ。 しかし、言い終えると少し真摯な表情で居住まいを正した。
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