8.去り征く君を想ふ

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「啓太は勇子さん本人から志木のことを訊きたいのだろう?それなら私が今日話せるのはここまでだ。」 祖父はおもむろに立ち上がって横の箪笥の抽斗を開け中を探った。しばらく探していると「あったあった」と言いながら目当ての物を取り出した。 それはB5サイズほどの紙だった。若干皺がよっているものの字ははっきりと読める。その紙には一番上に"井手勇子"、その下に住所と電話番号が書かれていた。 「勇子さんは今もご健在だ。お前が直接連絡をしてみるといい。私の孫だと言えばきっと会ってくれるだろう。」 その後、井出勇子さんと連絡をとってみると来週予定が空いているので会ってくれるということになった。ようやく真相を知れると思って安堵していたその日の夜、夢を見た。 * 気が付くと、あたりが白くなっていた。 靄のようなもので視界が遮られ周りがどうなっているのかが全く分からない。その場に立っているものの不思議とそこから動こうという意思は湧いてこなかった。動かしたくても動かせないのではなく、動かすという意思すら無いのだ。この不思議な感覚にもしかしたらこれは夢ではないかと考えた。夢を夢だと認識できるのは明晰夢の類だが認識しても覚めないのはどういうことだろうか。そう考えていると次の瞬間、目の前の靄が取り払われた。突然のことに戸惑うと靄の晴れたところに人影があることに気づく。その姿を認めてこれでもかというほどに目を見開かせた。 敏郎だ。志木敏郎がそこに居るのだ。 「えっ………敏郎?」 「ハハハ。久しぶりだな、啓太。」 目の前の敏郎はこの前見た時よりもいくぶんか大人びていた。以前も少々あどけなさは残るものの取り澄ました顔立ちだったのに今ではすっかり精悍で大人の男の顔つきだ。開襟シャツにカーキ色のズボンというなんてことない格好でもなかなか様になっている。もしかして、前に会った時よりも時間が経過しているのだろうか。 「本物の敏郎なんだよな…?」 「当たり前だろ。お前こそ、本物の啓太なんだよな?」 そう言いながらもどことなく嬉しそうだ。ついこの前会ったばかりなのに数年ぶりに再会したかのような、とても懐かしい気持ちがこみ上げてくる。 「俺、ずっと啓太に会いたかったんだ。お前いつのまにか居なくなってるし何かよく分からない最後だったしな…。」 「ずっとって…?」 「もう4年も経ったんだぞ。」 4年という数字に思わず固まる。こっちでの時間経過はほんの数日だったのにどうやら敏郎のほうではすでに4年の月日が流れていたらしい。
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