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「結局行くって約束した珈琲店にも行けなかったしなぁ。」
「あ…」
一緒に珈琲店に行くという約束を思い出す。あの約束の後に丘で意識がなくなったため結局果たされなかった。そして突然元の時代に戻されてしまったせいで別れも何も言えなかった。敏郎としても不完全燃焼な最後だっただけに心残りがあったようだ。
「ごめん、俺…何も言えなくて。」
「気にするなよ。あのことは全部夢だったんじゃないかとも思ったんが、やけに鮮明だし家族の皆も啓太のこと覚えてるからそれは無いなって考えたんだよ。」
「皆が…?」
「ああ。母さんも喜代も法恵も皆啓太のこと覚えてるぞ。」
「そう、なのか…皆元気にしてる?」
「ああ。母さんと喜代は相変わらずだし、法恵は今年女学校に入ったぞ。すっかり大きくなったけど法恵は啓太がいなくなって愚図ってたのを覚えてる。」
昔を懐かしむように柔らかく微笑む敏郎の顔にはかつての面影に加えて歳を重ねたことによる違った色を醸し出していた。まさか敏郎だけじゃなく、他の志木家の人々まで自分を覚えているとは思わなかったので驚いている。そのうえ、居なくなったことを悲しんでくれるとはなかなかに嬉しい。それにしても元気なようで良かった。
「…あんまり長話は出来ないようだな、」
突然そう言って敏郎から笑みが消える。それと同時に先程までの朗らかな雰囲気も風船から空気が抜けて萎んでいくみたいに収まっていく。なぜ長話できないとそう感じたのだろうか。しかしこの疑問を口にすることもなく押し黙る。なんとなくその言葉が分かる気がするのだ。
「俺な、行くことになった。」
「……行くって?」
「戦争。」
敏郎の表情と声色から何なのかは予想していたが、その言葉を聞いて思わず思考が止まる。覚悟はしていたし前から知っていた。しかし、それでもいざ本人の口からその事実をつきつけられると全身が冷え切っていくような感覚に陥るのだ。
「この前赤紙が来た。いずれは俺にも来るだろうとは思っていたが意外と早く来たよ。」
「…怖くないのか?」
「怖い、か。怖いなんて言ってられないだろ。戦争なんだから怖くないと言ったら嘘だ。だけどそんなこと言っても逃げることは出来ないし逃げるつもりもないぞ。」
敏郎の言葉一つ一つに重みを感じる。本心からそう思っているのだろうか。しかし言葉のわりに表情は晴れやかで思いつめた様子はない。気持ちをすでに整理していて吹っ切れたのかもしれない。それでも戦争に行くなんて普通の人間なら並大抵の覚悟で吹っ切れるものではないだろう。敏郎は赤紙が来るまで、来てからどう思っていたのだろうか。
「啓太がそんな自分のことみたいな顔する必要ないだろ。」
「だって…」
「大丈夫だよ。それに俺、結婚したしな。」
「えっ………?あ、そうか…」
一瞬驚くがそういえばそうだったと思いなおす。冨美子と結婚して娘の勇子を儲けているのだからそうだ。丁度結婚したのもこのころだったのか。感覚が彼が18歳だった時で止まっているため違和感が拭いきれないのだ。
「前から知ってたみたいな反応だな?結婚したのは三ヶ月ほど前なんだか…」
「あ、あー…えっと」
敏郎は不思議そうな顔をする。未来から来た人間だということを敏郎はやはり今も信じていないだろうか。普通は信じないだろうが、あんなことがあった手前絶対に信じないとも言えないだろう。どう答えていいか困惑してしまう。
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