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すると、勇子さんが「あ、そうそう。ちょって待ってていただけますか?」と言って客間を出て行った。しばらくして戻ってくると手には小さな箱を抱えていた。
赤と黒の和紙で包まれた文庫箱だ。中を開けると中にはいくつか物が入っていた。手紙、文房具、時計などだ。どれも古びていて時計に関しては金属部分が錆びている。
「これは父の遺品です。父と母が結婚したのは父が出征する数か月前だったのですが、そのころ父が使っていたもののいくつかを今もこうして保管しているんです。」
「志木さんの…ですか。」
不思議な気分だ。こうして敏郎が実際に使っていたものを目にすると本当に彼はここに居たのだと言いようのない喜びがこみ上げる。箱の中の物をしばらく眺めていると、箱の底になにやら紙切れのようなものがくっついていることに気づく。それが気になって勇子に声を掛けることにした。
「すみません、勇子さん。この底にある紙、見てもいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
その言葉を聞いて底にくっついている紙を剥がす。そこには短く文章が書かれていた。
"センニチコウ 丘ノ下アルイテ二・七五間"
なにやら暗号のような文章だった。千日紅、丘の下、この単語には身に覚えがあるので敏郎が書いたものであるということであるのは確かだろう。
「変な文章でしょう?母とどういう意味なんだろねってずっと話してたの。」
勇子さんはけらけら笑うが、見当がついている自分にとってこれは自分たちしか分からないように工夫したんだろうと想像できる。丘の下というのはあの空き地の下のことだろう。歩いて二・七五間というのは距離のことだろうか。早速この後行かなければならない。
勇子さんの家を後にしてすぐに電車とバスを乗り継いであの丘へ向かった。
間という単位に関してよくわからなかったためインターネットのツールを用いてなんとか求めることができた。そこまで正確ではないが、恐らく大体のところが分かれば十分だろう。もしかしたら地面を掘り起こすこともあるかもしれないと途中ホームセンターでスコップと軍手を購入した。もしかしたら自宅にあるかもしれないと思ったが、ここから自宅は遠いし取りに帰る時間が勿体ないので多少の出費には目をつぶることにした。
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