4.兄と妹

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「お帰りなさいませ…ってあら。」 玄関で出迎えてくれた喜代が自分とおぶられた法恵の姿を交互に見て驚いたように目を見開かせた。驚くも無理はないだろう。 「すみません、法恵ちゃんが転んで怪我をしてしまったので手当てしてあげてください。膝のところはオトギリソウの葉汁をつけておいたんで…」 喜代にそう説明して法恵を下ろすと「はぁ、そうでしたか。それは大変でしたねぇ。」と言って法恵の姿をまじまじと見つめた。「法恵さん、まずはお洋服着替えましょうね。啓太さんもありがとうございました。休まれてくださいね。」と言って法恵を連れて行く。法恵は「啓太にいちゃん、ありがとう。」と言って微笑んで見せた。 この笑顔を見てやった甲斐はあったかなと思った時、気配を感じた。気配の方へ目を向けると案の定志木が立っていた。こちらを見る表情からは感情が読み取れずどんな顔をしていいか戸惑ってしまう。多分先程のやりとりも見ていたのだろう。自分が一緒に居ながら大切な妹を怪我させられたのだから、怒っているかもしれない。これはますます疎まれるな、なんて思っていると志木が口を開いた。 「お前…法恵の手当てをしたのか。」 突然の言葉に理解が遅れる。えっ、と思って黙っていると志木はこちらをただじっと見つめていた。 「手当てってほどのものでもないよ。ただ植物の葉汁をつけただけだから。」 何とか言葉を紡いで返答した。視線になんとなく居心地の悪さを感じていると志木は顔を伏せて気まずそうに言う。 「…法恵はお前に懐いている。」 「…え?うん。」 「前までは俺の後ろばっかついて回ってたのにお前が来てからはお前とばかり遊んでお前の話ばかりする…」 「…………」 志木の言葉から考えると、つまり自分を慕っていた妹が最近来たばかりのよく分からない人間に懐くから嫉妬している、ということなのだろうか。 「…何だか申し訳ない。」 「べ、別に俺が勝手にやっかんでいるだけだ。気にするな。それで、この数日でお前が頭のおかしな奴じゃないということは分かった。悪かったな。あんな扱いして。」 まさかそんな言葉をかけてもらえるとは思ってもいなかったので面喰ってしまう。まさに鳩が豆鉄砲を食らったようで反応に困ってしまう。志木の顔はよく見えないがどことなく紅潮しているようにも見えた。 「お前は仕事の手伝いもするし法恵に懐かれているし、しかも今日は手当てまでしておぶって帰ってきた。そこまでする奴が不審者のはずないもんな。」 「あ、ありがとう…認めてくれて。」 「と、と言ってもあの未来から来たとかそのことまで信じるわけではないからな。」 志木が今まで見せなかったような表情をするのでこちらまで照れ臭くなって上手い言葉が見つからないが何とか言葉を繰り出す。あの未来人うんぬんの話をまだ覚えているとは思っていなかったが、流石にあれを信じはしないようだ。当然と言えば当然か。 「…敏郎。」 「…え?」 「敏郎って呼べよ。お前、俺の名前呼んでないだろ。」 思わずあっ、と口から出てしまいそうになる。確かに、自分は志木の名前を一度も呼んでいない。そもそも会話が少なかったこともあるがいきなり呼び捨てをするのも馴れ馴れしいし苗字で呼ぶのも何か違うので名前を呼ばずに過ごしてきたのだが本人からそれを突っ込まれるとは思っていなかったので驚いた。今日は本当に驚きの連続だ。 「俺もお前のこと名前で呼ぶからな。啓太。」 「あー、ありがとう。えっーと…よろしく、敏郎。」 いざ名前を呼んで呼ばれるとよく分からないこっ恥ずかしさを感じてしまう。今までこんな経験あっただろうか。75年前にタイムスリップして18歳の祖父の友人とこうして名前を呼び合うなんて、いや、なかなか経験できるはずもないな、なんて思う。
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