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もちろんその時私が明日香先輩に「付き合って」なんて言って、本当に交際しているなんてことも言えるはずがなかった。
「母さんはどう? 何か変わったこととかない?」
「変わったこと……」
ないよ、という返答を予想していたので、母さんが言葉を詰まらせたのに一抹の不安を覚える。
「どうしたの?」
「あ、ううん……なんでもないの」
そうして母は頼りなげな笑顔を貼り付けた。舌がざらつくような、嫌な感じを覚える。
「……ねえ、詩織。お父さんのこと、どう思ってる?」
その瞬間、母さんの言葉が私の心臓を射抜いたかのような衝撃が走った。血が全身を一気に駆け巡り、背中にはじっとりとした汗が泡のようにぷつぷつと現れてシャツに染み込んでいく。
どうって、なぜ急にそんなことを聞くのだろう。一縷の冷静さで母さんの様子を窺うと、先ほどの笑顔とは裏腹に深刻な顔つきをしていた。もっとも、先の笑顔はその深刻さを隠すように貼り付けていたように感じられるから、裏腹と言うのは少し違うかもしれない。
「……優しい人だったなって思うよ。だからどうして私と母さんを捨てたのかわからない」
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