涙に濡れたキスの味

1/6

67人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ

涙に濡れたキスの味

「うわ汚ったな……」  私はシャワーを借りるために明日香先輩の家に来ていた。そこでいの一番に出た言葉がこれである。 「汚くないもーん。散らかってるだけだし」 「先輩、世の中ではそれを汚いって言うんですよ」  汚い、と言っても目に見えてゴミが散乱しているわけではなく、主に本棚にしまわれずに出しっぱなしになった本や、何が入っているのかイマイチわからない段ボールが置いてあるとか、洗濯物が畳まれずに放置されている感じだ。  だが、一縷の不安を覚えた私は、キッチンとリビングのテーブルをすぐに確認した。しかし、その不安はすぐに払拭されたので私は胸を撫で下ろした。 「明日香先輩、お酒あんまり飲まないんですね」 「んー、あんま強くないし美味しくないしね。あ、でも……」  明日香先輩は言葉を切って私の方に向き直った。 「詩織が二十歳になったら、一緒に飲みたいかな」  少し恥ずかしそうな顔で、でも先輩は笑っていた。 「まあ、わたしがそれまで生きてたら、だけど」  明日香先輩の笑顔が一瞬で悲しそうな、どこか自嘲したような風になった。先輩にそんな顔させたいわけじゃないのに。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加