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週刊誌とネットメディアから始まった畑野修の事件は、テレビや一般紙でも報じられるようになり、日増しに目にする機会が増えた。
私達と同じように、代理出産で作った子どもに対し違和感を抱いていた夫婦は日本全国に沢山いるのだという。それどころか同様の事例は世界中に見られるのだそうだ。
国会や病院前でデモが起き、この機に乗じようという人々が入れ代わり立ち代わりマスコミの前に現れた。ずさんな管理状況を暴露する元代理母や、畑野同様に他人の子どもを育てる羽目に陥った夫婦、偽物との入れ替えを謎のブローカーに打診されたという医師、自治体の出産奨励祝い金目当てに次々と子どもを産んでは育児放棄する夫婦など、胡散臭い人々がワイドショーを賑わせた。
前後して偽物の子どもを納児されたという人々が団体を作り、力を合わせて戦おうと拳を突き上げた。
そんな動きの中においても、相変わらず私達と明司の関係は変わらなかった。このままでは全員共倒れになる事を恐れ、比較的収入の多い一樹の仕事を優先し、私は会社を休職する事になった。そうしてどんなに一緒に時間を過ごそうとも、明司は心を開いてくれる事はなかった。
私達は日を改めて、再び楠マタニティークリニックを訪れた。今度は明司も連れて、強い意思を持っての訪問だった。
「やっぱりこの子が私達の子どもだとはどうしても思えません。大変申し訳ありませんが、先生に協力していただけないのであれば、私達は法的手段に出るつもりでいます」
「そうですか」
楠医師の顔には、もう笑顔はなかった。
「本当にあの芸能人の人は、迷惑な事をしてくれたものですね。マスコミも一緒になって悪戯に不安をあおるような真似をして、一体何がしたいのだか」
「真実を知りたいだけだと思いますよ」
楠医師は口を噤んでしまった。狭い診察室に、ギャーギャーと明司の泣き声だけが響き渡る。成長した分、明司の泣き声は最近とみに勢いを増していた。この声を一日中聞かされている私達の身にもなって欲しい。あてつけにも似たそんな思いでいっぱいだった。
「お願いがあるんですが、結果が出るまで、この子を病院で預かってもらえませんか。私達の子供かどうか疑わしいのにこれ以上面倒見れません。仕事にだって支障をきたしてます」
「いえ、それは……そんなわけにはいきませんよ! 少なくとも明司君は法律上はあなた方のお子さんなんです。裁判をしようが何をしようが、最低限結果が出るまでは面倒をみるのが当然じゃないですか。それが親の責務というものでしょう!」
「だからそれはこの子が本当に私達の子どもなら、の話でしょ! 勝手に偽物押し付けて、偽物だとわかるまでは面倒みろだんて、そんなの親がどうとか関係ないじゃない!」
「関係なくはありませんよ! 私達からすれば、勝手に偽物だと喚き立てているのはあなた方の方なんです! 自分達が希望して子どもを作ったんだから、簡単に放棄するような真似はよして下さい! 最後まで面倒をみる気がないのなら、子どもなんて作るんじゃない!」
怒号が聞こえたのだろう、看護婦さん達が血相を変えて飛び込んできた。怒りに震える私に明司を抱かせておくのは危険だと判断したのか、一人の看護婦が明司を抱きとった。程なくして泣き止む明司に、うんざりした思いがこみ上げる。私達の前では絶対に泣き止まない癖に。本当にこの子は、最後までこの調子だ。
やっぱり私達の判断は正しい。改めてそう思えた。明司自身も私達と一緒にいたくないと主張しているではないか。
「申し訳ないけど、明司は置いて行きます。後はそちらでなんとかして下さい」
吐き捨てるように言って、私達は病院を後にした。
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