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翌月、私の排卵日に合わせて卵子を取り出す施術を受けた。膣から長い針のようなものを卵巣に突き刺して、幾つかの卵子を取り出した。時間は十分程度、麻酔なしだったけれど注射程度の鈍痛だけで済んだ。
一樹も別室で採精。こちらは医者や看護師の手を煩わせる事無く、セルフサービスだったらしい。男なんて気楽でいいわね、と冗談で言ったところ、一樹は口を尖らせて反論した。
「そうでもないよ。これに出して下さいって初めて会った看護婦さんに容器を渡されるんだ。看護婦さんは僕が今から射精するってわかった上で近くの部屋にいるんだろうし、落ち着かないよ」
「かえって興奮するんじゃない?」
「しないよ。すぐ出してもあんまり時間かかっても変かななんて、色々考えちゃって。想像してくれよ。見ず知らずの女性に射精しましたって自己申告した上、精液を渡すんだよ」
「反応は?」
「あるはずないじゃないか。それはそれで情けない気分になったけど」
「私だって知らない人たちの前で股間広げなくちゃいけなかったんだから、お互い様だわ」
丸めた一樹の背中を励ますように叩いた。子どもが欲しいと言い出したのは一樹なのだから、こんな事ぐらいでみじめな気分になられても困る。もしかしたらまた繰り返す事になるかもしれないのだし。
結局私達は、子どもを作る事に決めた。二週間に一度の受診には引っ掛かる点もあったものの、全体的に見れば代理出産そのものには特に大きなリスクがあるようには思えなかったから、思い切ってやってみる事で意見が一致した。
精子と卵子の状況や代理母との相性によっては、失敗するケースも少なくはないらしい。運が悪いと、何度も何度もやり直してそれでも上手く行かない人たちもいるという。作ると決めたからと言って、すぐさまできるというものではないのだ。
だったらとりあえずやってみて、もし幸運にも上手く妊娠したという際には、運命として受け止めようという考えである。
私達がそれぞれ経験した恥ずかしさは、そのための第一歩。
過ぎ去ってしまえばあっという間で、一時的に感じた羞恥心なんて翌日にはすっかり記憶の彼方へ飛び去っていた。病院で採卵・採精をしたという事実すら、数日後には希薄化してしまった。
だから楠マタニティークリニックの看護婦さんから「おめでとうございます」の連絡を受けた時にも、数か月前に応募していたプレゼントキャンペーンの賞品が突然届いて初めて当選を知ったというぐらいの驚きしかなく、喜びや感動といった感情は不思議な事に一ミリも出て来なかった。
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