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代理出産を表明してからというもの、会社も同僚も驚くほど私達に優しくなった。
これまでは定時ギリギリでも当たり前のような顔で仕事を押し付けてきたような上司すら、定時少し前になると「大丈夫? 終わらない仕事があれば今の内に振ってよ」と優しく声を掛けてくれるようになった。
診察に行くのは二週間に一度だから、それ以外は今まで通りで大丈夫と言っているにも関わらず、だ。
「準備だって色々あるだろうし、赤ちゃんが来たら大変なんだから、今の内に羽を伸ばした方がいいよ」
そんなに毎日準備しなければならない事があるわけでもない。しかしながら周囲の好意に甘えて、育児雑誌を読んだり、赤ちゃん用品の検討にたっぷりと時間を使わせてもらい、私達は着々と赤ちゃんを迎える準備を進めた。
納児になれば、基本的には私達二人だけの時間が戻ってくる事はほとんどないだろう。今の内にできることはやっておこうと、独身時代のように仕事後に映画を見たり、外食したりもした。
二週間に一度、モニターを通して面会する赤ちゃんは見る度にどんどん大きくなっていく。黒い丸でしかなかった状態から、頭や手足がわかるようになり、やがて背骨の骨格が明らかに白くわかるようになった。その頃、股間に生えた性器らしいものまで見えた。
「男の子ですね」
楠医師の言葉に、私達は微笑みあった。実家の両親を含め、一樹は男の子を希望していた。私もできる事ならば、男の子が欲しいと思っていた。私達は全員、男の子が欲しかったのだ。
会社を休んで通院する度に、同僚達は赤ちゃんの育成状況を知りたがる。私が持っていくエコー写真を、みんな興味津々で覗き込んだ。体の形がわかるようになってくると、可愛いという声が飛び出すようにもなった。
不思議な事にそうして赤ちゃんのエコー写真を見ていると、これまで以上に仕事を頑張ろうという気になった。労働時間は間違いなく減っていたはずだけど、反比例するように成果は上がって行った。皮肉な事に、子どもを作る事によってマイナスどころかプラスの影響を受けていたのだ。
もうすぐやってくる子どものためにも、私は仕事を頑張らなければならなかった。高い評価を得て、より多くの収入を得られるようにならなければならなかった。高いモチベーションが、高い成果につながった。
お陰でお盆休み前には入社して初となる社長賞までいただいてしまった。追加のボーナスまで貰い、皆さんの協力のお陰ですと同僚達の前で頭を下げた。心の底から出た言葉だった。
日々は瞬く間に過ぎ、翌月九月、ついに私達は出産の日を迎えた。
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