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一週間後、納児の日を迎えた。
朝九時に来るように、という楠医師の指示通り楠マタニティークリニックに赴くと、赤ちゃんは既に病院に到着していた。
「これが、あなた方のお子さんですよ」
プラスチックのベッドに寝かされた赤ちゃんと対面。実物は先日画面上で見た時よりもずいぶん小さく見えた。赤みも皺も引き、幾分スッキリとした顔をしていた。
目は……一重だろうか。むくみが残っているのか、幾分腫れぼったいように見える。鼻は取ってつけたような小さなだんご鼻、口は小ぶりで唇は厚みがわからないぐらいに薄かった。
なんだろう? 顔に浮かんでいた笑顔が、どんどん引いていくのが自分でもわかる。赤ちゃんのどこかに自分たちに似たところを探すのだけど、さっぱり見当たらない。全然違うパズルのピースが混ざり込んだような、落ち着かない違和感を覚える。
「可愛いでしょう」
「そうですね」
楠医師の人懐こい笑顔に促されるように、肯定の言葉が口をついて出る。
可愛い……とは思う。しかしながらそれは多分、他の赤ちゃんを見た時にも同じように感じる共通の可愛さであって、思い描いていたような愛おしさとは違っていた。
「お名前は決められたんですか?」
「はい、明司、にしようと思います。明るいに司ると書いて明司」
名付け親である一樹が答えた。たこ焼きみたいで私はあまり気が進まなかったけれど、「両親や僕達が生きた証だから」という一樹の意向を尊重したのだ。
私達は明司とともに、あてがわれた個室に移動した。納児からは一泊二日の泊まり込みで、赤ちゃんとの生活に関するレクチャーを受ける。
私達は事前に子育て情報誌などをかなり読み込んでいたし、納児前の子育てセミナーにも数回参加していたから予習はばっちりのつもりだった。ところがやってみるとそう簡単には行かない事ばかりだった。
看護婦さんが与えていたミルクは私達に代わった途端に飲まなくなり、看護婦さんの腕の中で気持ち良さそうに、時には笑顔まで浮かべていた明司は、私達が抱いた途端に不機嫌になった。何が不服なのか、どんなに抱き方を変えても、姿勢を変えても、おむつや温度を変えても、私達の抱っこでは明司は納得してくれようとはしなかった。
「最初は皆さん不慣れですからね。赤ちゃんも初めて会ったばかりでびっくりしてますし。みんな同じようなものですよ。大変ですけど、頑張ってもらうしかないですね。お互い慣れるまでの辛抱ですから」
看護婦さんはそう言ってくれたものの、想像の十分の一もままならない明司との関係は、私達の自信や自尊心をことごとく打ち砕いた。
その関係はたった一晩では変わりようもなく、退院して自宅へ帰るその時も、明司は一樹の腕の中で泣きっぱなしだった。
家へ連れて帰れば看護婦さんに助けを求める事もできない。こんなにも言う事を聞いてくれない赤ちゃんと私達だけで暮らしていけるのだろうかと、最初から不安を抱えてのスタートとなった。
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