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納児から三日間は二人とも完全に休暇を取得したけれど、以後はお互いに一日ずつ交代で休みを取るという最近流行りの形で育児休暇を取得した。二人で二週間を一日ずつ交代で取得すれば、およそ一か月を常にどちらかが子どもに付き添いながら生活する事ができる。職場からも完全に離脱するわけではないので同僚や会社に及ぶ影響も少なくて済むし、家事や育児の偏りもない。
生後一か月が経てば、乳児用保育園が利用できるようになる。私達夫婦の年間所得の場合、保育料は完全無料だ。出産費用といい、自分達が子どもを作ってみるとこの国の子育てに対する支援がとても手厚い事がわかった。
ところが、納児前からの入念な打ち合わせ通り物事は順調に進んで行くというのに、一つだけ上手く行かない事があった。
明司本人の育児が、上手く行かない。
赤ちゃんを育てるのは大変だと誰もが口を揃えて言う。育児雑誌にも書いてあった。でも、明司は想像以上に手がかかった。時間だからとミルクをあげても飲まないし、その癖いつまでも泣き続ける。おむつを交換し、抱っこして、熱いのか寒いのかと空調を切り替えてもさっぱり泣き止もうとしない。
明司が泣いている間は何もできず、ただただ抱っこしてあやし続ける事になる。腕が疲れてパンパンになっても、やめられるはずもない。かといって静かに寝ていてくれている時間もほとんどない。起きている間は基本的にずっと、明司は泣き続けた。
一日中、休む事なく抱き続けた私達が体力的にも精神的にも限界になるタイミングで、ようやく明司も力尽きて寝てくれる。泥に埋もれるような気持ちで意識を失ったかと思えば、数時間後には明司の泣き声で起こされる。飲まないミルク。耳鳴りのように絶え間なく続く泣き声。二人きりでずっと部屋にいると、ノイローゼになりそうだった。かといって騒々しい明司を連れて家を出るわけにもいかない。
なんとか一か月が過ぎた所で、職場への本格復帰の時期も近づき、とにもかくにも少しでも自由にして欲しくて保育所を頼った。
とにかく手のかかる子で、泣いてばかりいる。ミルクも飲まない。大変だと思うけれど、私達も仕事があるのでなんとか預かって欲しい。
「わかりました。皆さん同じですからね。責任もってお預かりします」
私達のすがるような申し出にも、保育所は一切の躊躇いも見せず快く受け入れてくれた。
不思議なのはその後で、仕事帰りに恐る恐る保育所に迎えに行くと、
「明司君とってもお利口にしてましたよ。ミルクもしっかり飲みました」
明司はおくるみに包まれて、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っているのだ。
狐につままれたような気持ちで家へ連れ帰り、一度目が覚めるともう大変。再び泣いてばかりで手に負えない明司に戻ってしまう。初日だけではなく、毎日同じ調子だった。
まるで私達が嫌いだと言わんばかりに、明司は私達の前では安心してくれない。なのに見ず知らずの他人である保育所では大人しくしているのだという。どうして家だと駄目なのだろうか。
「僕達が不慣れなだけなんじゃないかな。先生達はベテランだし」
「私達だってもう一か月も一緒に暮らしてるのよ。やってる事だって変わらないわ。一体何が気にくわないのかしら」
顔を真っ赤にして泣きじゃくる明司を見ていると、発作的に床に叩きつけたくなる事すらある。一緒に過ごした時間が増えるに従って、愛情が深まるよりも疑問と違和感ばかりが募った。せっかく苦労して作った子どもなのに、どうしてこんなに言う事を聞いてくれないのか。私達に恨みでもあるのだろうか。
「まさか。そういう時期なのもあると思うよ。いずれ落ち着くだろうから、もうしばらく頑張ってみようよ」
「一度病院に診てもらってみない? どこかおかしいのかもしれないし」
「でも保育所だと普通だって言うんだろう。診てもらったところで変わらないと思うけど」
一樹の目にも隈が浮かんでいた。帰宅してからもずっと明司はぐずってばかりなのだから、私達は満足に睡眠すらできなくなっていたのだ。
このまま明司に変化が見られなければ、私達はおかしくなってしまうのではないか。ひたひたと押し寄せる不安に胸が押し潰されてしまいそうだった。
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