748人が本棚に入れています
本棚に追加
「今度は俺のお願い聞いてよ。凛久は、俺が何なんだっけ?」
「えっ! いや……まだ朝だし。えーと……言わなきゃだめ?」
首元まで真っ赤に染めて、凛久は何とか回避しようと口ごもってしまった。照れているのはわかっている。でも、そこまで嫌がられると少し寂しい。
「ほら昨日はちゃんと言えてただろー」
すねた振りをして言うと、凛久は「うん」と聞こえるか聞こえないかの声で返事をした。だがふいっと俺から離れるように冷蔵庫を見に行ってしまう。
「イチスケさん牛乳飲む? 僕和食でもいっつも朝は牛乳なんだ」
「…………」
――かわされた。思っていたよりショックが大きくて、言葉が出てこなかった。突っ立ったままの俺の横をすり抜けて、凛久がダイニングテーブルの上にてきぱきと食事の用意をしていく。
「簡単だけど冷めないうちに食べようよ」
そう言われれてやっと、俺はもごもごと口の中で返事をした。
「……うん、いま行く」
ふらふらと椅子を引いてテーブルにつく。
ごはんと味噌汁、それに卵焼きにウィンナー。どれも出来立て熱々の朝食だ。いつもだったら大喜びでがっつくのに、そんな気分になれなくて「いただきます」と力なく頭を下げると、静かに口に運んだ。
黙々と食べる俺を、凛久はじっと見ていた。
気になって「食べないの?」と聞くと、ふっと嬉しそうに笑って凛久が言う。
「やっと見られたなと思って」
「え?」
「いつも弁当売ってそれで終わりだったでしょ? だからさ、どんな顔で僕の作ったものを食べてるのかなって、ずっと見てみたかったんだ」
「……凛久」
味わって食べていなかったのが猛烈に申し訳なくなった。
俺は卵焼きを口に運ぶと大きすぎる塊を口に詰めこんで、もぐもぐとその味を確かめる。
弁当屋のとはちょっと違う。やっぱり出汁が足りないのかな。でもこの暖かさと香ばしさは出来立てならではの幸せな美味さだ。うん……うまいよ。やっぱり最高にうまい。そんなことを考えていたら凛久が俺の名前を呼んだ。
凛久は真っ直ぐ目をそらさず、俺を見ている。
彼の瞳の中にはぽかんと彼を見る俺が映っていて、きっと俺にも、緊張して怒ったようにも見える真剣な凛久の顔が映っている。
「僕は、あなたが好きです」
凛久の姿に一瞬、幼いあの日の彼が重なった。
「……イチスケさん?」
固まったままま反応がない俺を、凛久はまた不安な表情でうかがう。
俺は衝動的にテーブルに手をついて身を乗り出すと、力いっぱい凛久を抱きしめた。
「わっ」
テーブルを揺らしよろけながら、凛久も慌てて立ち上がる。食器たちが危なっかしくガチャガチャと鳴った。
俺はぎゅうぎゅうと容赦なく凛久を抱きしめる。あの日、俺が傷つけてしまった彼ごと、思いをぶつけるように強く。
熱い気持ちががあふれて胸いっぱいに満たされて、気がつくとつぶやいていた。
「……ありがとう」
――こんな俺を、ずっと好きでいてくれてありがとう。
言葉は無くても凛久がうなずく気配がする。背中にまわった彼の手が、ぎゅっと強く俺を抱いた。
あせらなくてもいいよな。俺は思う。
今は言葉にするのに覚悟が必要なのだろうけど、いつか当たり前のように言いあえたらいい。いつか、どんな時も、素直に気持ちを伝えあえる揺るがない関係になりたい。
それまでは俺が何度でも言おう。
「凛久、俺も君が、大好きだよ」
今度こそ彼は、俺の顔を見て嬉しそうに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!