当たり前の日々に

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「今度は俺のお願い聞いてよ。凛久は、俺が何なんだっけ?」 「えっ! いや……まだ朝だし。えーと……言わなきゃだめ?」  首元まで真っ赤に染めて、凛久は何とか回避しようと口ごもってしまった。照れているのはわかっている。でも、そこまで嫌がられると少し寂しい。 「ほら昨日はちゃんと言えてただろー」  すねた振りをして言うと、凛久は「うん」と聞こえるか聞こえないかの声で返事をした。だがふいっと俺から離れるように冷蔵庫を見に行ってしまう。 「イチスケさん牛乳飲む? 僕和食でもいっつも朝は牛乳なんだ」 「…………」 ――かわされた。思っていたよりショックが大きくて、言葉が出てこなかった。突っ立ったままの俺の横をすり抜けて、凛久がダイニングテーブルの上にてきぱきと食事の用意をしていく。 「簡単だけど冷めないうちに食べようよ」  そう言われれてやっと、俺はもごもごと口の中で返事をした。 「……うん、いま行く」  ふらふらと椅子を引いてテーブルにつく。  ごはんと味噌汁、それに卵焼きにウィンナー。どれも出来立て熱々の朝食だ。いつもだったら大喜びでがっつくのに、そんな気分になれなくて「いただきます」と力なく頭を下げると、静かに口に運んだ。  黙々と食べる俺を、凛久はじっと見ていた。  気になって「食べないの?」と聞くと、ふっと嬉しそうに笑って凛久が言う。 「やっと見られたなと思って」 「え?」 「いつも弁当売ってそれで終わりだったでしょ? だからさ、どんな顔で僕の作ったものを食べてるのかなって、ずっと見てみたかったんだ」 「……凛久」  味わって食べていなかったのが猛烈に申し訳なくなった。  俺は卵焼きを口に運ぶと大きすぎる塊を口に詰めこんで、もぐもぐとその味を確かめる。  弁当屋のとはちょっと違う。やっぱり出汁が足りないのかな。でもこの暖かさと香ばしさは出来立てならではの幸せな美味さだ。うん……うまいよ。やっぱり最高にうまい。そんなことを考えていたら凛久が俺の名前を呼んだ。  凛久は真っ直ぐ目をそらさず、俺を見ている。  彼の瞳の中にはぽかんと彼を見る俺が映っていて、きっと俺にも、緊張して怒ったようにも見える真剣な凛久の顔が映っている。 「僕は、あなたが好きです」  凛久の姿に一瞬、幼いあの日の彼が重なった。 「……イチスケさん?」  固まったままま反応がない俺を、凛久はまた不安な表情でうかがう。  俺は衝動的にテーブルに手をついて身を乗り出すと、力いっぱい凛久を抱きしめた。 「わっ」 テーブルを揺らしよろけながら、凛久も慌てて立ち上がる。食器たちが危なっかしくガチャガチャと鳴った。  俺はぎゅうぎゅうと容赦なく凛久を抱きしめる。あの日、俺が傷つけてしまった彼ごと、思いをぶつけるように強く。  熱い気持ちががあふれて胸いっぱいに満たされて、気がつくとつぶやいていた。 「……ありがとう」 ――こんな俺を、ずっと好きでいてくれてありがとう。  言葉は無くても凛久がうなずく気配がする。背中にまわった彼の手が、ぎゅっと強く俺を抱いた。  あせらなくてもいいよな。俺は思う。  今は言葉にするのに覚悟が必要なのだろうけど、いつか当たり前のように言いあえたらいい。いつか、どんな時も、素直に気持ちを伝えあえる揺るがない関係になりたい。  それまでは俺が何度でも言おう。 「凛久、俺も君が、大好きだよ」  今度こそ彼は、俺の顔を見て嬉しそうに笑った。
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