弁当屋の彼

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 凛久はもともと弟の雄太(ゆうた)の同級生だった。俺たちが引っ越してきたのは雄太の小学校も終わりのころで、彼を知ったのは俺が高二、彼が中学一年生くらいの時だっただろうか。  弟はそのころ真面目で大人しいタイプだった。対して凛久はすでに髪を金髪に染めた、いわゆるヤンキーだった。ふたりはよくうちに来て一緒に遊んでいた。正反対どうしの組み合わせは、はたから見ていて少し不思議だった。  親は内心凛久を良く思っていなかったようで、遠回しに釘をさしていたようだけど、俺は違うからこそ馬が合うのだろうと、そんな風に思うだけで、特に気にも留めていなかったのだ。  それに、そのころは自分のことに精一杯で、まわりに関心を持つ余裕なんてなかった。  自分が恋愛対象にできるのは男だけだと、気がついてしまったからだ。  まる一年は誰にも相談できずに荒れていた。  学校にも行かずやみくもに夜の街をふらふらしたり、親に暴言を吐いて泣かせたり、我ながら最悪な状態で過ごした。おかげで高校は見事に留年、どん底を味わった。  そのうち夜の街でゲイの大人たちと知り合って、相談したり助けられたりして、俺はなんとか自分で気持ちに折り合いをつけた。パートナーと寄り添って成功している人もいたし、堂々と公表して自由に生きている人もいる。どうせ変わらないのだから開き直ったほうがいい。自暴自棄になったところで何にもならないと気がついてからは、必死に受験勉強もした。  そうしてようやく大学に入り落ち着いたと思ったらーー告白されたのだ。  家の前で呼び止められた時、彼が誰だかわからなかった。  彼、凛久は金髪をやめて、すっかり今どきの男子に変わっていたから。 「あのぼく……雄太の友達の……」  そう言われてはじめて、「あー! ヤンキーの」と思い出した。  言われた本人は恥ずかしそうにしていたが、そんな様子も微笑ましく、まだ子供らしさが残っていてかわいいなと思った。  雄太と約束かと察してあがるように言う。家の中を探してみたが、誰もいなかった。  あいつ約束忘れてやがるな、とスマホで知らせようと下を見ながら歩いていたら、廊下に彼が立っていてひどく驚いた。 「わっ! あ、ごめん。いま雄太と連絡を」 「いいんです」 「へ?」 「今日は、お兄さんに会いに来たから」  なんで、と言いかけた言葉は、突然彼に抱きつかれてかき消えた。 「すきです。僕お兄さんが好きです。好きです。好きです……」  ぎゅうぎゅうと胸の辺りに頭を押しつけられていて声がこもっている。聞き取りづらかったが、確かにそう言われた。  最初は意味が理解できなかった。  だって、ろくに話したこともないのに何で? 何で俺なんだ?  天使の輪ができている小ぶりな頭を、ぼうぜんと見下ろす。 ――彼、男の子だよな。  そう思ったら、俺はひどく動揺した。  もしかして、俺が男しか好きになれないからなのか? この子にはそんなこと教えていないし知るはずなもない。ひょっとしたら雰囲気で察したのだろうか。まさか、そういう気配がもれているのか? そんなことまでが頭を駆け巡る。ただ『好き』と言われただけなのに、俺は完全に疑心暗鬼に陥っていた。  こんな近くにいる人間が、俺と同じように男を好きになるなんて、そんなのない。罰ゲームか何かだとしてもおかしくない。からかわれているのかもしれない……。  嘘か本当かも判断がつかないくらい頭が真っ白になって、それでもその時とっさに浮かんだのは、『俺と同じ苦しみを味わわせてはいけない』という使命感にも似た思いだった。  俺は、しがみついてくる彼の、まだ少年に近い細い肩を容赦なく引きはがす。その勢いにおびえたように身を縮こまらせる彼に向かって言った。 「君がそう思うのはまだ子供だからだ。一時の気の迷いだから、早く忘れたほうがいい」 「ちがっ……」 「簡単に同性に好きだなんて言っちゃだめだ。その覚悟がないなら誤解されるから。いいね?」  きっぱりとそう言う俺を、彼は目元を真っ赤に染めて見あげた。今でも思い出す――こちらが苦しくなるほど、傷ついた目で。  そして何も言わずにかばんを取りあげると、静かに出て行った。
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