たぶん嫌われている、俺

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 間に合う時は弁当屋に寄って、凛久と一言二言話すのが俺の習慣になった。  凛久は、ヤンキーだった昔が嘘のように素直でいい子で、おまけに可愛い。仕事で疲れていても彼と話すと元気になれる気がした。  更にここの弁当はうまい。塩気が効いているおかずと出汁で優しい味付けなのと、絶妙なバランスで組み合わされていて、毎日食べても飽きない。最近のコンビニ弁当は上等だが、比べるとやっぱり凛久のところの弁当が恋しくなる。俺の舌は完全にこの味に慣らされている。  聞けば、大学にも通いつつ彼が主力となって仕込んでいるそうだ。身体を壊して療養中の父親の分も彼が頑張っていると聞いて、思わず目頭が熱くなった。そんなことを聞くと、俺ももっと頑張ろうと思える。ほんと、遊んでるだけのアホ大学生の弟にも見習わせたい。切実に。  それだけ忙しくしているからだろうか? 彼は時々、やけに疲れて見えることがあった。  目の下に隈を作っているので心配して聞いたら、「ほとんど寝てない」と笑っていた。  無理をしていないかと心配な半面、そんな日の彼は妙に気怠く、色っぽくて、気がつくと俺は彼のしぐさを目で追ってしまっている。  俺には目の毒なほど開きすぎたTシャツの首元に、視線が吸い寄せられてしまう。  ほとほと自分が嫌になる――相手は弟の同級生だぞ? 子供のころから知ってるのに何考えてんだ。  そうは言っても仕事ばかりでおまけにゲイ。出会いなんて皆無な生活だ。俺もいっぱしの男だし、可愛く成長した彼にやましい想像をしてしまうのも無理はない――。 「やべぇよな」 「何がです?」  無意識に口に出してしまったのを、通りがかった同僚の女性に聞かれてしまった。 「ん? 別に」とごまかしたが、「最近急いで帰るし、何かあったんでしょ」と突っこまれて辟易する。 「何かあったんならまだいいよ……」  小さな声でつぶやいて、俺は頭をかかえた。  最近そういうことから遠ざかっているのがいけないのかもしれない。適当に発散させなくてはいけないのだ、きっと。  とはいえ――。  電話の音や会話の声、社内のざわめきが消えていき、脳裏に凛久の艶やかな姿が浮かぶ。  今日も閉店前に寄れそうだ。 「……しょうがねぇもん」  駄目だとわかっていても心は浮き立つ。俺は自分のそんな、ほんの少しの楽しみには、目をつぶってやっていた。 「今日のおまけは、アジの南蛮漬けね」  にこにことまた惣菜を渡されて、俺はぐっと言葉につまった。 「いや、いいって! ちゃんと買うから。悪いよ」 「何で? あ、好きじゃなかったっけ酸っぱいの」  眉を寄せて不安そうな顔をする凛久に、申し訳なさがつのる。  勝手なもので、そうして打ち解けてくると、たまに見せる凛久の態度が気になることが増えてきた。  わだかまりを乗り越えて仲良くなれたのは単純にうれしい。時々俺がおかしくなるのは……バレていないと思う……。でも、彼も親切の枠を超えてるんじゃないかと思うことがあるのだ。まるで俺のことが、『好き』なんじゃないかと思う瞬間が――。 「大丈夫。さっぱりしたの食べたかった。ありがとうな!」  俺が笑って言えば、凛久は赤い頬をして嬉しくてたまらないと言わんばかりの笑顔を浮かべる。つられて俺もだらしない顔になって、そんな自分を慌てて戒めた。  そういう顔なんだ。そんな甘い顔をお客なら誰にでも見せているのかと、お門違いな怒りさえ湧いてくる。  忘れようと言ったのは彼だ。  俺の勘違いに違いない。客商売なのだから、常連の俺にサービスするのは営業の一環として何もおかしいことはない。  きっと色々ご無沙汰すぎておかしい俺の勘違いに違いないのだがーーそれでも、このままじゃまずいと思いはじめていた。  これ以上親しくなれば、万が一にもそんなことがあるかもしれない。  俺の気持ちだって……どうなるかわからない。  俺は彼を、もう二度と傷つけるようなことはしたく無かった。  そうなる前に距離を置いた方がいい、少しずつ、そう思うようになっていった。  思ったのだが――帰り道には必ず弁当屋がある。そして最近はいつも凛久がいる。凛久と話すと俺はやっぱり癒される。  日々は過ぎて行き、なんにも変わらないのに募っていくもやもやのせいで、俺はだんだんと精神的に参っていったのだ。
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