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近くのハンバーガー屋で時間をつぶして、今は午後十一時。
飲み屋も軒を連ねるこの辺りは、そこそこの客でにぎわっていた。誰もかれもが上機嫌に頬を赤らめ、千鳥足で肩を組み、二件目を探している。
まだ早いかもしれないが、俺は例の映画館の前に立っていた。
『シャングリ=ラ』なんて皮肉が効きすぎだろ。まるで廃墟みたいにおんぼろの建物だ。
軋むガラスのドアを押して中に入る。館内は意外に綺麗に内装されている。だが、甘ったるい香のような匂いの底に、微かに精液の生臭い匂いがした気がして、俺は顔をしかめた。
見回すと右手にチケット売り場があった。中年の男が暇そうに新聞を読んでいる。
俺は案内通りの料金千円を、そいつの前に乱暴に放った。
「一枚」
男は驚いて新聞から目を離したが、俺をちらりと見ただけで、後は興味無さそうに「奥へどうぞ」と言うだけだった。
まだ決まったわけじゃない。だけど凛久がここに来ているならば、従業員もここにいる客も何もかもにイラつく。俺はその男をもう一度にらみつけてから、廊下を奥に進んだ。
上映中らしき部屋からは、微かな音が漏れている。
革張りの分厚い扉の前で、大きく息を吐いて円盤形の取手に手をかけた。
正直俺は、この時はまだ楽観的だった。まさか凛久がこんな所に来ているとは心底信じていなかった。どうせ無駄足で、あとで雄太に『ガセに振り回されてるんじゃねーぞ』と、こんこんと説教してやるつもりでいた。
だが少し扉を開けて、大音量の映画の音に隠れて聞こえてくる、その微かな声を聴いた時、最悪の事態がおこったのを知った。
それほど大きくない部屋の中には、十列ほどの椅子が並んでいる。左手のスクリーンには、でかでかと男女が絡み合う姿が映し出されていた。やたらアップの多い画で繰り広げられるそれは、もはや大きすぎて何か別のものみたいだ。客はまばら。前を向いて座っているのは一人二人。
しかしそれよりも、俺の目に異様に映ったのは、数人の男たちの人だかりだった。
彼らが覗きこむその先には、何かが蠢いている。
邪魔な男達を押しのけると悪態をつかれたが、そんなものは耳に入らない。聞こえるのはうるさく鳴る自分の心臓の音だけだ。
俺は拳をにぎりしめ、血の気が引いていく体を奮い立たせながら、ゆっくりと近づいていった。
見おろす先には、椅子に座った男に乗りかかり、夢中で腰を振る小さな影があった。
服ははだけ、かろうじて袖を腕にからませているだけで、すべらかな白い背中は中ほどまで露わになっている。細いうなじを見せてうつむく先には、多分二人分の性器を露出していて、あわせて擦り上げているのだろう。
彼は腰を揺らすたびに、「あっ、あっ、あっ」と仔猫のような媚びた声をあげていた。
スクリーンの反射だけが光源の薄暗い部屋の中でも、顔が見えなくて分かる――それは、確かに凛久だった。
信じられないが、にこにこと弁当を売っていた彼の、淫らに落ちた姿だった。
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