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君の傷
ビルの狭間のここなら、通るのは野良猫ぐらいだろう。狭くて汚いがしょうがない。
凛久は泣き止んで、大人しくなっていた。
俺の肩にくったり頭を預け、放心状態で、もう逃げる力も喚く気力もなさそうだった。
俺はため息を一つ吐くと、そのまま壁に向かって口を開いた。嫌な話だが、しない訳にはいかない。
「いつからあんなことしてるんだ?」
ぴくりと凛久の肩が揺れた。
「…………」
しばらく間があって、凛久はだるそうに俺から体を離し、言った。
「ごめんなさい。イチスケさんには迷惑かけないから、もう忘れてください。誰にも……言わないでください」
そうして俺に頭を下げた。
まるで他人行儀で、俺を締め出そうとするその態度に、カッと頭に血がのぼる。
「どうしてそんなっ! どんだけ心配したと思ってるんだよ。あんな場所にはもう二度と、絶対に行くな。わかったな!」
俺の怒鳴り声にビクッと体を揺らした凛久が、涙の浮いた目で俺を見あげる。
ひくりと喉を鳴らしながら、震える声で彼は言った。
「ごめっ、ごめんなさい。心配かけるつもり、なかったです……。もう本当に、僕のことは放っておいて……」
「できるかよ! どうしてあんなことしたんだ? なんでだよ。あんな……他の男に見せつけるなんて……」
胸のうちに真っ黒なものが湧きだし充満していく。いつの間にか凛久を諭すことよりも、自分の感情のおもむくままに俺は声を荒げていた。
「相手は決まってもいないんだろう? 君みたいなのをいたぶりたい男なんて幾らでもいる。今まで無事なのは幸運だっただけだ」
「わ、わかってます」
「わかってない! 君が……」
続けようとしたが、凛久は、弱々しい声ながらも頑固に俺の言葉をはねのける。
「それでも僕が……行きたくて行ったんです。イチスケさんにはわからないだろうけど、ぼ、僕には必要だったから……」
「必要!? 何言ってんだ? 進んでおもちゃになりに行ったって言うのか。見ず知らずの人間に弄ばれて平気だったのか? 自分を汚して何になるっていう……」
「認めて欲しかったから!!」
さえぎった声は、まるで悲鳴のようだった。
「こんな僕でも乗っかれば、誰でも可愛いって言ってくれた。好きだよって言ってくれた!」
「凛久……」
ぶちまけられた本音の鋭さにただ馬鹿みたいに名前を呼ぶしかできない俺を、凛久は強い目でにらみつけた。
「汚い性欲をさらしても、受け入れてくれた……そんな場所がなくちゃ、僕はもうおかしくなっちゃいそうだったんだよ!!」
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