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 ちふゆは激怒した。  必ず、かの色の名前を持つ男娼を懲らしめてやろうと決意した。  ドスドスと、足音も荒くちふゆはゆうずい邸の廊下を歩く。  真昼の邸内は静かだ。夜に仕事をしている男娼たちは皆、この時間は自室で休んでいる者がほとんどだった。  因みに、客が立ち入ることができるのは一階の受付だけである。二階より上は男娼の私室や食堂など、プライベートな空間しかないため、関係者以外は入れない。  そんな場所になぜ一介の客であるちふゆが足を踏み入れることができるのかというと、楼主の許可を得ているからである。  特別許可の下りた理由は、大きく分けて二つ。  一つは、ちふゆがここ……現代の遊郭・淫花廓(いんかかく)にとって上客であること。  ちふゆは人気男娼のひとり……青藍(せいらん)、という名の青年の馴染みで、少なくとも週に一度は大金を払って彼を指名する、言わば太客なのである。    そして、もう一つが……。  ちふゆは握ったこぶしでドアをノックした。  中から「は~い」という声が返ってくる。  さほど待つまでもなく、内側から扉が開いた。  そこからまだ年若い印象の顔が覗く。 「ちふゆくん、こんにちは」  にこり、と大きな黒い瞳をやさしく細めたのは、(あずさ)、という名の少年(と言いたくなる見た目をしているが、確か十代後半のはずだ)で、このタバコ臭い部屋の住人だ。  梓はなにやらワケありらしく、男娼でもないのに淫花廓(ここ)で暮らしている。  詳しくは聞いていないが、淫花廓の敷地から出ることのできない梓は、日々下働きの手伝いなどをして暮らしているようだ。  そんな梓にも気分転換が必要だろうと、彼の話し相手として、歳の近いちふゆが抜擢されたのだった。  梓の方が年下だが、金髪のちふゆと比べると梓のおとなしめな外見は落ち着きを感じさせて、どっちが年上かわからねぇな、とあの皮肉屋の楼主にはよく揶揄(からか)われる。  それが客に対する態度か、と不満に思いはするが、梓と過ごす時間は存外楽しいものであったし、空いた時間は青藍と過ごしていいというご褒美もあったため、ちふゆはこうして青藍と約束した日以外もゆうずい邸を訪れるようになったのだが……。   「どうしたの、ちふゆくん……」  梓がちふゆの顔を見るなり目を丸くして、問いかけてきた。ちふゆが不機嫌丸出しの表情をしていたからだろう。 「聞いてくれよ梓!」  玄関に入るなりそう叫んで、ちふゆはハッと口を押えた。 「……漆黒(しっこく)サンは?」  部屋の奥に視線を向けてそっと伺うと、梓が安心させるように微笑んだ。 「なにか用事があるって、いま出かけてるから、ふつうにしゃべって大丈夫だよ」  漆黒、というは梓の同居人で(というか、梓が漆黒の部屋の居候なのか)、青藍と同じくゆうずい邸の男娼だ。  べつに、漆黒が寝ているのではないかという配慮をしたわけではないちふゆは、少し決まりが悪くなったが、漆黒が不在なら都合が良かった。   「あのさ、オレ、すっげぇ怒ってんだけど」 「うん……見たらわかるけど」 「オレいまからめっちゃ愚痴るけど、漆黒サンには、その……言わないでほしいんだけど……」 「え? 漆黒さんのことなの?」  梓の眉が心配げに寄せられるのを、慌てて首を振って否定する。 「違うって! オレが怒ってんのはバカ青藍!」 「ちふゆくんたち、よくケンカするよね……」  ケンカ、というか正確にはちふゆが一方的にキャンキャン吠えているだけなのだが、賢明にも梓はその言葉を飲み込んだ。  ちふゆはものすごく素直な性格をしている、と梓は思う。  そこが彼の長所でもあり短所でもあるが、青藍はそれをきちんと理解した上でちふゆとうまく付き合っているように、梓には見えるのだが……。  一体今度は何で揉めたのだろうか、と梓が耳を傾けると、ちふゆの短い眉毛が威嚇するように吊り上がり、ことの顛末を話し始めた。    それは、次のような内容であった。             
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