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18
私は前回の面接のあと、密かに桐島と養子縁組をする手はずを整えた。
彼がどんな反応をするかはわからないが、出てきたときに家族として迎えてやりたいという一心からだった。
もちろん父親や兄になるつもりはなく、そこを追求されると明確な答えはまだ出ない。邪な想いも否定できない。
しかし私はもう、桐島を迎え入れるのは私しかいない、と強く思っていたのだ。
その後何度かの面接を重ねたが、私と桐島は危うい雰囲気になることはなく、当たり前に健全な面接をした。
しかし時折熱を帯びた視線で桐島は私を羽交い締めにし、私は机の上で指を絡めてそれに返した。
私は桐島以外にも、何人かの死刑囚との面接を重ねていた。
それぞれに背景があり、反省する者、開き直る者など、ひととおり終わると気力と体力を持って行かれるが、桐島のことを思えば耐えられた。
そして今日の面接の最後に、私は桐島に養子縁組をしたいと告白した。
「養子…縁組…」
「と言っても、形式上だ。書類の上では私の息子になるが公言する必要もないだろう。ほとぼりが冷めるまではメディアがいろいろうるさいだろうが、君が出て来るころには静かになっているはずだ」
以前にも私が身元を引き取ると話したはずだったが、桐島は困ったような顔をした。
「先生は聖職者なのに……本当に、死刑囚を養子にしてもいいんですか」
「死刑囚じゃない。君は罪を犯していないのだから」
「…世間はそう、見てはくれません」
「世間に認められなくとも、私は君を待つと決めたんだ」
「………」
「こんな坊さんに待たれるのは嬉しくないか?」
「ちが…違いますっ……」
桐島は立ち上がり、身を乗り出した。何かを言いたげに口を開くが、言葉が出てこない。最初に会った時のようだ。
桐島は改めて椅子に腰を降ろし、今まで言ったことのない言葉を発した。
「…僕の無実を信じてくれるんですか」
「…無実ではない、と言いたいのか?」
「きっと…誰にも信じてもらえない…先生だっていつか僕を信じられなくなるかもしれない…」
私は机の上の桐島の手を握りしめた。
そして腹に力を込めて言った。
「無実を主張出来るのは、君だけだ。私にすべてを話してくれたのは…生きたいから、罪を背負って死にたくないからだろう?」
桐島は私の目を見なかった。
その様子を見た時、私の頭に今まで考えたことのない思いが浮かんだ。
(もし、桐島が嘘をついていたら?)
命がけの桐島の告白。しかしその中にも嘘が紛れていた。それは自己否定がさせたのだと思っていたが、そもそも逮捕された時には自分がやったのだと冷静に認めているのだから、桐島は嘘を重ねている。
自分を守ろうとも、冤罪を認めようともしなかった桐島から、半ば強引に真実を引き出したが、もしもすべてが逆だったら?
実は桐島は本当に有罪で、助かるために私を利用して無実の振りをしているとしたら?
「先生……僕は、自信がありません」
「自信…?」
「養子縁組をしたら、先生は僕に教誨師として会うことは出来なくなりますよね…」
「…そう、だな。身内になるわけだから。一般面会という形になるが…」
「先生とこうやってゆっくり話すことが出来なくなったら……僕はまた、諦めてしまうかもしれない…」
この青年に騙されているとしたら?
神罰が下るかもしれないな、と心の中で呟いた。しかし、そんなものとっくに覚悟していた。
私は頭によぎった不安を押しやり、彼の目を見て答えた。
「困ったな…どう言えばわかってくれるんだ?」
「…え?」
「私が、君を待ちたいんだ、瑞。親子でも兄弟でもない、その…、君の側に…いたいから、だ。ちゃんと出てきてくれないと…困るのだが」
桐島は半開きの唇を閉じることも忘れ、私を見つめた。
私は続けて言った。
「面会にも来るし、手紙も書く。一人じゃないことが感じられるように…それでも自信がないか?」
「先生…」
「…慣れていなくて、どう言ったらいいのか……これでいいのか?」
私は微笑みかけ、桐島、いや、瑞に告げた。
「瑞……私は君を…愛してしまったようだ」
「先生……っ」
「死ぬことを諦めて、私のためにここを出てきてくれないか」
桐島は机から立ち上がった。が、その場で膝からくずおれた。
声を殺し、床にまっすぐこぼれ落ちる涙を拭いもせず、瑞は泣いた。
私は、誰かに恋い焦がれたことはなくここまで生きてきた。執着、というものが両親を亡くした瞬間に消え失せてしまったのだ。
仏の道を選んだのは、そんな人間臭さのない自分には向いているんじゃないかと思ったからだった。
煩悩など、無縁だと思っていた。
それは大きな勘違いだった。
煩悩の塊。
今となっては私ほど、欲深い人間はいないのではないかと思う。
自分の役目も忘れ、己の欲望の為にこの青年を解き放とうとしている。
罪人こそ救われるというなら、私も救われるのだろうか。
その後無事に養子縁組が成立し、彼は「西塔 瑞」となった。
成立と同時に私は短かった教誨師の職を辞した。
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