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栗本は正体を明かしてからは、淀みなく話し始めた。
記者を全面に出すと、私が警戒して話を聞いてくれないだろうと思ったようだった。
その作戦は見事に功を奏し、私は彼が記者として話し出しても抵抗感は感じなかった。
「つまり…純一さんは、警察官僚の父の所行を記事にして明るみにしようとしていたということですか」
「ええ。どこに訴え出ても、もみ消されてしまうからと言っていました」
「…それで…桐島死刑囚が有罪という関係性は…」
「……そうですね、ここまで話してしまえば、有罪、という言葉は合わないかもしれません」
「…と、いうのは…」
「桐島死刑囚の土壇場の裏切りで…純一は死ぬことになってしまったんだと僕は思っています」
栗本は、メッセンジャーバッグから一枚の写真を取りだした。
そこに写っていたのは、3、4年前と見られる桐島と、兄の純一の仲むつまじい様子だった。肩を組み、ふたり頬を寄せ合って顔全体をくしゃくしゃにして笑っている。
私との面会では見たことがない、くったくのない笑顔。
まだ20代の若者が、こうやって笑うことも出来なくなった凄惨な事件。
やっと絡まった紐を解いたと思ったら、もう一本、絡まっている別の紐の端が顔を出した。
「純一は……同性愛者でした」
「……え…っ」
桐島は、兄は異性愛者だったと話した。だからこそ、兄に自分の性癖を知られるのを怖れたと。
父に襲われる自分の身体がコントロール出来ず、それを見られたくなかったと。
栗本は言った。
「桐島死刑囚が同じなのは…ご存知ですよね」
「…知っています」
「純一と桐島死刑囚は互いに相手を大事にしていました。同じ性癖を持つことも、どちらかが言い出さなくても分かっていたようです。それは、純一の言葉の端々から伝わってきました」
栗本が言うには、桐島が純一の義理の弟になってすぐ、ふたりは互いの気持ちに気づいたということだった。
「桐島死刑囚が高校を卒業した頃から、桐島への性的暴力が始まったと聞いています」
桐島は、母の再婚のおよそ一年後、まだ高校生の頃に初めて義父が純一の部屋へ入るのを見ている。桐島よりも先にはけ口にされていたのは純一だ。そして、桐島が大学生になって純一の不在の三日間、義父は兄の代わりに桐島を狙ったはずだった。
栗本は眉をひそめ、続けた。
「同じ男である僕でも、この話をお伝えするのは恐怖を感じますが…」
「よく…わかります。気持ちのいいものではありません」
「ええ…僕も、純一が仲のいい幼なじみでなければ信じられなかったかもしれません」
弟が高校を卒業するのを待っていたのだろうと純一は栗本に告げたそうだ。
純一と桐島はお互い想い合っていて、しかし義理の兄弟という壁もあり、深い関係を持つことを踏みとどまっていた。
そんな折、父の毒牙にかかってしまった桐島は当然のように急激に心を閉ざした。
「純一はいろいろな手だてで桐島死刑囚の心を開かせようとしたそうです。それが最初に話した、何度か電話をもらったという話です」
桐島は襲われた事実を恥じ、引きこもってしまった。
そして何度も一人暮らしをしたいと母に頼んだ。しかし、何も知らない、もしくは見て見ない振りをしていた彼女はそれを取り合わなかった。
母親は、元警察官僚の妻という裕福な暮らしを捨てたくなかったのだろうと栗本は話した。
「純一は根気よく桐島死刑囚を元気づけ、父にされたことの傷を癒してやろうとしたようです。もともと仲のいいふたりですから、桐島死刑囚も少しずつ純一にだけは笑顔を見せるようになったそうです。…ここまでは、僕が直接電話で純一と話した内容です」
私は喉がからからに乾き、湯飲み茶碗に残った茶を全て飲み干した。
栗本も同じく、茶碗を傾けた。
それから栗本は、純一からのメールの文章を独自にまとめた資料を片手に事件の真相を話した。
桐島の気持ちが少し回復した頃、純一と桐島は一線を越えた。
父とのことで傷ついた桐島を放っておけなかった、と純一は言った。
義理の兄弟の壁を越えたふたりは、父のことをも乗り越えたように見えた。
しかし悲劇はそのふたりが結ばれた夜に加速した。
ふたりが結ばれているさなかに、父が桐島の部屋を訪れた、
ところが隣の純一の部屋から睦みあう声が漏れ聞こえ、父は純一の部屋のドアを開けた。
そこから先は地獄のようだったと、純一はメールに書いていたそうだ。
父は嫌がる桐島を組み敷こうとし、止めに入った純一は父に殴り飛ばされた。
それでもなんとか純一が桐島を守りその夜は諦めた父だったが、翌日からは矛先が変わってしまった。
父は、桐島の代わりに純一を求めるようになった。
狂った父親に純一は必死で抵抗したが、どうすることも出来なかった。
桐島は覚悟を決め、自分のことも含め父の所行を母に言うと言ったが、純一がそれを止めた。
無駄だと。
誰にも止められないんだと。
「純一は誰にも言うなと桐島死刑囚に約束させて、一人で耐えたのだと思います。弟がまた被害にあうよりは自分が我慢する方がマシだと思ったのではないかと…」
ここまで来て、桐島の話と栗本の話が合致した。
きっとこのあと、再び父は桐島の部屋を訪れる。そして、その後の事件へと続いていく。
元警察官僚の父を訴えることは無理だった。
だが、どうしてそれを桐島は私に話さなかったのか。
「それで…桐島が裏切ったというのは…」
私の質問に、栗本はごくりと喉を動かした。
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