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桐島と純一は、代わる代わる父の相手をさせられるうちに、ある共通の思いを持った。 「…そ…そんなっ……」 私は思わず大声を出した。 栗本は額に汗をにじませ、私に向かってうなづいた。 「常軌を逸した状況になると、判断を間違ってしまうのかもしれませんが……」 「それは、純一さんのメールで知ったのですか?」 「そうです。もちろん踏みとどまるように言いました。僕が記事にするから、絶対に早まるなと止めました。でも…」 「でも?」 「そのあたりから、メールも電話も繋がらなくなったんです」 桐島と純一は、父親の性的暴力に耐えかねて、彼を殺める計画を練った。 栗本に届いたメールには一言、『耐えられないので全てを終わらせようと思っている』と書かれていたという。 文面から、よからぬことを考えているのは分かったらしい。 何度連絡しても繋がらず心配で家まで押し掛けたが、その時は母親しかおらず、栗本の話は笑い飛ばされてしまったそうだ。 「毎日ニュースをチェックしましたが、しばらくの間は何も起きませんでしたから、諦めたんだと思っていました。それが…」 事件当日の朝、栗本に遺書がメールで届く。 《俺に何かあったときは、弟を頼む》 「悩んだあげく、おそらく一人で父親を殺害しようとしたんだと思います。僕はたまたま地方に仕事で行っていて…翌日帰って来る途中にネットニュースで知って…」 そこまで言うと、栗本は声を詰まらせた。 下を向き、小刻みに震えながら涙を流した。 「純一は弟のために悩んで、実の父親を手に掛けるまで考えて…なのに…っ…」 当時のニュースでは、桐島が一家を惨殺した犯人として大々的に放映された。毎日毎日無責任なコメンテーター達が、可哀想な一家として純一とその両親を哀れんでいたのを思い出す。 その時も、父親の肩書きは会社員、としか記されていなかった。 「きっと…修羅場で…純一の思い通りにはいかなかったのだと思います…っ…でも、どうして桐島死刑囚はその純一まで…っ…あんなに弟を可愛がっていたのに…っ…」 「栗本さん…」 桐島の告白と栗本の説明を合わせるなら、こういうことになる。 父親を殺めようとした兄弟はそれを実行に移す前に、酔った父親が再び桐島を襲ったことで、図らずも殺害することに成功してしまった。 しかし半狂乱になった母親の持った刃物で純一は重症を負い、それが原因で結果的に亡くなってしまった。 残された桐島は、自殺を図った。 もちろん栗本は桐島の告白の内容を知らない。 純一の死は事故だったこと、純一が父を刺したことを、私は口外出来ないのだ。 桐島が兄の罪を背負ったことも。 「純一は……真っ直ぐな性格の男で…弟の気持ちに応える時も、ものすごく悩んでいました…本当にいいのかって…」 血は繋がっていない。 どちらもマイノリティで、家族であり恋人。 自分が犠牲になっても、弟を守りたかった純一。 死の直前に純一が桐島に「ありがとう」と告げたことは、私の心の中だけにとどめておくべきだと思った。 きっと純一は、全てを終わらせられたこと、そして短い間でも愛し合うことができた弟に感謝を込めて、そう言ったに違いない。 私は兄弟が微笑む写真に、手を合わせた。
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