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面会に訪れた私の姿を見て、瑞は目を丸くした。 「先生…」 「坊主らしいだろう?」 教誨の時にはいつもスーツを着ていた。初回がそうだったから、というのと、気が引き締まるのでなかなか変えられなかった。 法衣を纏っている私を瑞はまじまじと見つめ、ふふっと笑った。 「どうした?」 「先生じゃないみたいで…」 「こっちが本当なんだがなあ」 「そうでした」 「どうだ、元気にしていたか?」 「はい」 見たところ瑞の顔や手に目立った痣はない。刑務官に乱暴されたりはしていないようでほっと胸をなで降ろした。 ガラス越しに、私と瑞は他愛のない話をした。内容は教誨をしていたときとそう変わらない。 変わっているのは、私が「瑞」と名前で呼ぶようになったことだけだ。 私は先日訪ねてきた栗本の件を話すかどうか悩んでいた。 短い面会時間で、うまくまとめる自信もなく、下手をしたらまた瑞は殻に閉じこもってしまうかもしれない。 自信がないまま、私は見切り発車した。 「瑞……栗本良明さんを知っているか?」 「栗本?」 「純一さんの幼なじみだそうだ。先日、私を訪ねてきた」 「純の幼なじみ…」 瑞はしばらく思案して、思い出したように薄く唇を開いた。そして私から目を逸らした。 やはり栗本の話は本当なのか。 「言いたくなければ言わなくていいが…」 私は出来るだけ優しく言った。ガラス越しでは、立ち上がって戻ろうとする瑞の腕を掴んで止めることは出来ない。 「彼の話では…純一さんは、君と……同じだったと…」 瑞は小さく肩を震わせた。 これは当たりだ、と思い私はゆったりとした口調で続けた。 「純一さんと君は……互いを必要としていたんじゃ…」 途中まで言ったところで、瑞はがたん、と椅子を後ろに倒して立ち上がった。瑞の表情は、かつて心を閉ざしていた時期と同じように怯えていた。 「……帰って…ください…っ…」 「瑞……」 瑞は青ざめた顔で、私を見ずに言った。失敗だった。 刑務官に連れられて戻っていく瑞は、振り向きはしなかった。 瑞にとって、兄との関係は知られたくない、触れてほしくないことだったようだ。 仕方なく私は席を立ち、拘置所を後にした。 その次に面会に訪れた時も、そのまた次の回も、瑞は出てきてはくれなかった。 どうやら私は地雷を踏んでしまったようだった。 会ってくれなくても私は通い続けたが、瑞はかたくなに私を拒否し続けた。 困り果て、手紙を書こうかと筆を執るも、逆に何を書けばいいのかわからず悩んでいたところに、瑞からの手紙が届いた。            ★ 西塔 君行様 何度も面会に足をお運びいただいているのに、ごめんなさい。 こんな僕を見捨てずにいてくれて、本当に感謝しています。 いつまでも逃げてはいられないので、手紙を書きます。 先生から栗本さんの名前を聞いても、最初は誰なのか思い出せませんでした。ですが純の話になった時、思い出しました。 先生、栗本さんから、何をお聞きになりましたか。 そして、僕の何を知りましたか。 僕が嘘をついていると思われましたか。 確かに、お話していないことがいくつかありますが、今まで話したことは嘘ではありません。 事件の前に一度、どうやって知ったのか栗本さんからメールをもらったことがありました。 彼は、僕が父にされたことについて純から聞いている、と言いました。 早めに誰かに相談して、自分たちだけで解決しようとするな、という内容でした。 純は言い出したら聞かない性格で言っても耳を貸さないから、弟である僕の方に、早まったことをするなと連絡してきたのだと思います。 言葉だけを聞けば、親身になってくれる兄の幼なじみという「善い人」に見えるかもしれません。 ですが僕には、「純一を惑わすな」と、聞こえました。 彼は、僕たち兄弟に血の繋がりがないのはもちろん知っています。 純が僕を可愛がってくれていたのも、おそらくよく分かっていたと思います。 彼は無意識に僕を排除しようとしていたように思います。 家を出てはどうか、とか、母親の親戚に頼れる人はいないのか、とも書かれていました。 「純一から離れてくれ」 「純一をそっちの世界に巻き込まないでくれ」 僕にはそうとしか聞こえず、実際母に何度も一人暮らしをしたいと頼みましたが無駄でした。 被害妄想だと思いますか? でも、先生、 僕にとってはマイノリティはひっそり気づかれないように生きていろ、という警告に聞こえたのです。 メールのことは純には言いませんでした。 栗本さんと僕の板挟みになって純が傷つくのが目に見えたからです。 そして先生のおっしゃった通り、純も僕と同じゲイでしたが、受け入れるのにとても苦労していました。 これは非常に哀しいことですが、僕も、純も、男との肉体関係を持った最初の相手が父でした。 僕は先生にお話した通り、その最中に性に溺れることを覚えてしまいました。 純はそんなことはなく、父には嫌悪しか抱いていませんでした。 そんな時に僕と関係を持ったので、純はひどく悩んだのだと思います。 最後のひとつ、先生にお話していないことを、次の面会で直接お話します。 僕を信じてくださると言うのなら、どうか聞いてください。 お待ちしています。                                            瑞
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