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寺の仕事でしばらく行けない間、瑞からは熱烈な手紙が何通も届いた。
私も年甲斐もなくせっせと返事をしたためた。
久しぶりの面接の日、緊張気味に面接室に向かう私をある刑務官が呼び止めた。
「西塔先生じゃありませんか」
聞き覚えのある声だった。
振り返ったそこには、大柄で威圧感のあるあの、瑞の独房に忍び込んだという噂の刑務官が立っていた。まるまると太って、腹が突き出ている。
当時は副看守長の階級章を付けていたが、今は矯正副長に昇進していた。
この男が昇進するのだから世も末だ、と私は心の中でひとりごちた。
「…もう教誨師ではありません。一般人ですよ」
「そうでしたね…今日は息子さんに面会ですか」
戸籍上の親子とはいえ、いつもこうやって聞かれることに私は辟易していた。
だれも私たちを親子としてなど見ていないくせに、興味本位丸出しで話しかける。
(どういう関係ですか?)
(なぜ養子に?)
(男が好きなのですか?)
(桐島を愛人に?)
(無実だと信じているんですか?)
(有罪だったらどうするんですか?)
そんなこと聞かれなくても私が一番考えている。
大声で思っていることをぶちまけてやりたい気分になるが、今日も冷静に答えた。
「ええ、そうです」
「……西塔死刑囚は本当に先生が好きなんですねえ」
「……はい?」
「先生がいらっしゃる日は嬉しそうに貰った手紙を見ていますよ。早くその手に抱きしめてやりたいんじゃないですか?」
「……嫌な言い方をされますね」
「羨ましいと言っているんですよ。あの桐…いや、西塔死刑囚を独り占めされるわけですからね」
「下衆な物言いはやめてもらえませんか。矯正副長ともあろう方が、品がありませんね」
「品…ねえ…?」
刑務官はにやにやと嫌らしい笑いを浮かべる。
「品がないのはどっちでしょうねえ?」
「…何の言いがかりです?」
「西塔死刑囚は夜な夜な、あなたの名前を呼んでいますよ。…可愛らしい声でね」
私のストレスは最高潮に達した。
手に持っていた鞄を自分より大きな体躯の刑務官の胸に打ち付けた。
「どいていただけますか」
「…これは失礼」
ぐいっと押しつけると、刑務官はすんなりと道を空けた。
大股で歩き出した私の背後に、腹立たしい台詞が追いかけて来た。
「本人に確かめてみたらいかがです?」
「君行さん!」
瑞は何度面接を重ねても、私の顔を見ると嬉しそうに微笑む。
そして椅子に腰掛けいつものようにガラスに手を当てる。
私はつい先ほどの腹立たしい台詞を頭の隅に追いやって、こちら側からも手のひらを当てた。
「瑞……」
「お久しぶりです……来ていただいてありがとうございます」
丁寧な言葉遣いにほっとする。瑞のこの聡明なところが私は好きだった。
おそらくもっと砕けた言葉も使うのだろうが、まだ聞いたことはない。
少し髪が伸びた。
艶のある黒髪はさらさらで、前髪が顔を傾けると揺れて額が見え隠れする。
アーモンド型の大きな瞳。通った鼻筋と口角が上がった唇。
これだけ整っていれば「美しき死刑囚」と取りざたされるのも当然だ。
「君行さん?」
「あ…すまない」
心配そうに首を傾げ、私の顔色を伺う瑞。私が不安になってどうするのだ。たったひとりで私を頼りに生きているのは瑞の方なのに。
「元気か?困ったことはないか?」
「はい。君行さんの手紙があったので…耐えられました」
耐えた、という言葉にまた不安がよぎる。ちらりと首筋を盗み見るが、赤い痕は薄れて消え、新しく付けられた痕も無かった。
ほっとしたのが顔に出たのか、瑞に尋ねられた。
「君行さん…君行さんの方が体調が悪そうです。さっきから顔色があまり…」
「そ…うか?このところ忙しかったからかもしれないな…大したことは…」
話の途中から、瑞の顔がぐにゃりと歪んで見え始め、声は加工されたように低く反響して聞こえた。
あたりが暗くなり意識が遠のく寸前に、君行さん、と瑞が叫ぶ声が聞こえた。
「大丈夫ですか、西塔先生」
目を覚ました私を、顔なじみの刑務官がのぞき込んだ。
白い天井と固いベッド、見覚えのない光景に病院かと思ったが、そこは拘置所内の救護室だった。
「わ…わたしは…?」
「貧血を起こされたんですよ。幸い他の受刑者に面会に来ていた方にお医者様がいたので看てもらいましたが、休んでいれば大丈夫だそうですよ」
受刑者の体調不良くらいでは薬もろくに出さない拘置所だが、面会者ということと、元教誨師ということで親切に寝かせてくれたようだった。
付き添ってくれた刑務官は、年輩の、穏やかな物言いのベテランだった。
「ひどく心配していましたよ。しっかり休んで、次の面会に元気な顔を見せてやってください」
優しく微笑んで彼は立ち上がった。お互い瑞の名前は出さなかったが、私は感謝を込めて頭を下げた。
死刑囚に対しても優しい思いを持っている刑務官がいたことに私は嬉しくなり、思わず彼を呼び止めてしまった。
「あの…」
「はい?」
「す…すみません、あの…少し伺っても?」
「……わたしで良ければ何なりと…、西塔先生」
刑務官は穏やかに微笑んで、制服の帽子を脱いだ。
私はこのとき、ひどく切羽詰まった顔をしていたのだと、しばらく経ってから彼本人の口から聞くことになった。
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