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三倉というベテランの刑務官は約束通り、瑞の様子をいつも気にかけてくれた。拘置所内で会うと、ひっそりと会釈をしてくれるようになった。
瑞からの手紙にも、時折、声をかけてくれる年輩の刑務官がいる、と書かれていた。私よりもさらに年上の三倉は、実の父親の顔を知らない瑞にとって、安心できる存在だったようだ。
私は僧侶の仕事を続けながら面会を繰り返し、手紙を書き続けた。
瑞の再審請求は想像していたよりもスムーズに進んだ。
相変わらずメディアではおもしろおかしく脚色され、見知らぬ人間がまるで事件を見てきたように話していた。
そして、私が初めて瑞と出会ってから、6年の歳月が経った。
私はその日、久しぶりに運転する自家用車を洗車し、法衣に着替え自宅を後にした。
時間に余裕はある。
はやる気持ちを抑え、間違っても事故を起こさないように慎重にアクセルを踏みこんだ。
少し離れたところに車を停め、拘置所の入り口で私はその時を待った。
この日、天気は快晴で、空はどこまでも澄んでいた。
遠くで重い扉が開く音がした。
私は無意識に背筋を伸ばした。自分が思っていたよりも、緊張しているようだった。
遠くに見える人影。
刑務官に送られ、カーキ色のコートを着た青年がこちらに向かって歩いてくる。
風に煽られた黒髪がふわりとなびき、白い額が露わになる。
アーモンド型の瞳が青い空を見上げ、流れた前髪を優雅な手つきで整える。
長い睫が何度かまばたきを繰り返し、私を見つける。
泣き出しそうな笑顔を浮かべ、ゆっくりだった足取りがわずかに早くなる。
コートの裾が大きく揺れ始め、徐々にその姿が近づいてくる。
軽快な足音が次第に大きくなり、私も思わず歩き出した。
息を切らした瑞が、私の手の届く距離で、足を止めた。
言葉に言い表せない気持ち、というのはこういうことなのだろう。
私は手を伸ばし、瑞の頬に触れた。
それは端から見れば、父親が息子の帰りを喜んでいるように見えたかも知れない。
しかし瑞は、いつかのように私の手に頬を擦り寄せ、幸せそうに口づけた。
私の心臓は小僧のように跳ね上がった。
何年もガラス越しにしか感じられなかった瑞の体温が優しい。
瑞と私の視線が交差して、自然と距離が近づく。
初めて会ったときより大人びた瑞は、その無意識の色香を、自らの蜜で蝶を呼ぶ花のように溢れんばかりに放っていた。
私たちは静かに唇を重ねた。
何年かぶりに触れた瑞の唇はしっとりと柔らかく、私の仄暗い欲情を呼び起こすには十分だった。
「君行さん……」
冤罪が証明され、釈放された瑞は初めて声を上げて泣いた。
「ここが…」
「古い寺だが、一応部屋も用意してあるぞ」
「僕の部屋があるんですか?」
「そりゃあもちろん…ほら、ここだ」
寺の奥の自宅に案内すると、瑞は嬉しそうに目を輝かせた。
小さな和室にデスクとスツールにベッドを用意した。拘置所の独房を思い出さないように、出来るだけ明るい色の家具とカーテンを選んだ。
畳の上に白い絨毯も敷き、ベッドには白地に水色のストライプのカバーを掛けた。
「少し…子供っぽかったかな」
私が言うと、瑞は笑って嬉しいです、と答えた。
窓からの景色を覗いたり、ベッドに乗っかってみたり、一通り楽しんでいる瑞に私は準備しておいた着替えを渡した。
「どんなものを好むのかわからなくて、適当に用意したが……それから、これは私のお下がりで悪いのだが」
Tシャツやトレーナーの他に、私の若いときの浴衣を準備しておいた。
「浴衣!」
「とりあえず寝間着代わりに…そのうちちゃんとしたものを買いに行こう」
「僕、これがいいです!あ、でも…」
「ん?」
「どうやって着るんですか?」
恥ずかしそうに瑞は笑った。
その夜、初めて夕食を共に取り、瑞はたっぷり時間をかけて風呂に入った。
時間を気にせずに入れるっていいですね、と瑞は言った。
火照った身体に浴衣を羽織り、ジャストウエストで帯を不器用に結んで風呂から出てきた姿に、私は吹き出した。
「瑞、逆だよ、おいで」
右前で合わせた身頃は死装束。それは口に出さず、照れ笑いをする瑞を呼んだ。
「左を上にするんだ。帯はもっと下、腰のあたりで……」
石鹸の香りがする瑞の身体。何も考えず、帯を解き、前を開いた。
あ、と瑞が言った。
瑞は、浴衣の下に何も履いていなかった。
私は思わず目を逸らし、すまない、と呟いた。
「わ、悪かった…用意しておいただろう、履いておいで」
「君行さん」
立ち上がって顔を背けた私を、瑞の低い声が呼び止めた。
「着方……教えてください」
「瑞……」
瑞は熱っぽい視線で私を捉えた。
覚えのある感覚。面会室での秘密の出来事がありありと蘇る。
引き寄せられるように私は瑞に近づき、ひざまづいて浴衣の両方の衿先を持った。
「これを…ここで合わせて…こうして裾を…」
しどろもどろになりながら私は浴衣の前を合わせ、瑞の腰の低いところで帯を結んだ。
目を合わさずに立ち上がった私の顔は、瑞に捕らえられ、唇を奪われた。
腕を私の肩から首に回し、唇ごと食べられてしまいそうに激しい。
顔が離れて目が合って、私の心臓は全力疾走を始める。
せっかく着付けた浴衣の衿合わせを開き、瑞の白い首筋に唇を寄せた。
滑らかな肌はしっとりと潤い、火照っている。
瑞の腕は私の背中に回り、爪が食いこむほど強く抱きしめられる。
浴衣を腰のあたりまで脱がせ、薄桃色の乳首に口づけをした。
「…ん…っ…」
聞いたことのない可愛らしい声で喘ぎ、瑞は上半身をよじった。
それをもう一度聞きたくて、さらに舌先で弄ぶ。びくん、と震えて逃げようとするのを腰に回した腕で引き留め、私は今度は強く吸い上げた。
「…ぁんっ……」
私の背中を掴む手に力が入る。
瑞の下半身が私の身体にぴったりと寄り添っている。
私は自分の手で結んでやった帯を解いた。
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