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苦しい。 息苦しい。 いや、息苦しいんじゃない、息が出来ない。 手を動かしたくても動かない。何かに押さえ込まれているようだ。 このままじゃまずい、何とか、何とかしないと…… かすかに指が動いたので、力を込めて腕を持ち上げる。 首を絞めているものを掴んではずそうとするが、びくともしない。 (君行さん) 遠のきかけた意識の中で、私を呼ぶ声がする。 必死に目を開けると、すぐ目の前に瑞の顔がある。 (君行さん、だめですよ、僕を見て) 息苦しさで目がかすむ。助けてくれ、本当に息が出来ない。 (君行さん…ちゃんと目を開けて、焼き付けて) 焼き付ける?何を?それよりもこの苦しさから解放されたい。 (この世の最後に僕の顔を焼き付けて……息が止まるその時まで、僕を見ていて……君行さん) 私は瑞が馬乗りになって私の首を絞めていることに気がつく。 必死に剥がそうともがくが、どうやっても逃れることができない。 どうして瑞が私を? やめてくれ、苦しい、離してくれ。 (信じてくれるんでしょう?君行さんだけは僕を…僕を信じてくれるって言ったじゃないですか…) 死んでしまう、もう、本当に死んでしまう。 (僕がどんな人間でも…君行さんだけは見捨てませんよね…母や純一のように僕を…見捨てませんよね…?) どういうことだ、誰が見捨てた?いや、それよりその腕を…… 「っはあ……」 全身に脂汗をかいて私は目覚めた。 瑞が釈放され1ヶ月。 私と瑞は、穏やかな暮らしをしながら、毎晩のように身体を重ねた。 釈放されたその晩初めて繋がってから、私は瑞の妖艶な身体に溺れていったのだ。 それまで男と経験したことはなかった。 滑らかな肌、艶めいた声、めくるめく快感が私を変えた。 仕事が残っていようと、瑞が私の身体に腕を回せば応えずにはおられない。瑞はそれを知っていて、私に纏わりつくのだ。 ベッドで、風呂で、ある時は開け放した窓の前で。恥などどこかへ捨ててしまったように互いに身体を貪る。 朝、目が覚めると、身体が重く自責の念に駆られることも少なくない。しかし傍らで寝息をたてる瑞を見ると、愛おしさでその気持ちもどこかで消し飛んでしまう。 もちろん昼間は私は仕事があり、その間瑞は進んで寺の掃除や洗濯、庭の手入れ、時には買い物にも出かけた。 気になるのは、瑞が庭に出ると、宅急便や郵便物を届けに来た配達員が帰り際、足を止めることが多いということだった。 はじめのうちは、マスコミに取り上げられることが多かった瑞がもの珍しいのだと思っていた。そのうち、その視線に熱がこもっていることに気づき、私は瑞に早朝以外庭に出ることを禁じた。 瑞は、私の着なくなった着物を好んで着た。 髪が伸び少し痩せて華奢になった瑞は、和服もよく似合った。さらに色気が増したのには、私にも責任がある。 寺の庭先に佇む中性的な美青年を、配達員はまさか女性と見間違ったわけではないと思うが、気分が悪かった。 義父のこともある、私が気をつけろと言うと、瑞は気にしすぎですよと笑う。しかし私には解った。自分と同じように瑞を見ている人間がいる。 それから私はどこに行くにも、瑞を側に置きひとりにさせることはなかった。 自分の独占欲を、私は初めて自覚した。 額の脂汗を手の甲でぬぐい、私は身体を起こした。 教誨師時代にも、嫌な夢をよく見た。 久しぶりの悪夢に身体が重い。 隣に、瑞が居なかった。布団はまだ温かい。私は水を飲むためにベッドを降りた。 時刻は午前2時。 外はまだ暗く、部屋の空気はひんやりと冷たい。 リビングに降りると、暗い部屋で明かりも付けず、庭に面した窓の前に浴衣姿の瑞が立っていた。 窓の外を見ている瑞は、私に気がついていないようだった。 寝て着崩れてしまった、大きく抜かれた衿からのぞく白い首。 緩く結んだ帯の下で、美しくカーブを描く腰。 目覚めたばかりだというのに、私はその悩ましい曲線に触れたくなり静かに近づいた。 私の手が届く直前に、気配に気づいて瑞が振り返った。 「あ…君行さん?」 「どうした、眠れないのか」 「嫌な夢を見てしまって、水を飲みに…」 まったく同じ理由。悪夢を見たことも忘れ、私は瑞の身体を引き寄せた。 私が見る夢よりも、瑞の見る悪夢は恐ろしいに違いない。 思い出したくない情景が繰り返されることもあるだろう。 私の腕に頭をもたれかけ、瑞は尋ねた。 「君行さんは?」 「実は、同じだ。嫌な夢を見て目が覚めて…隣にお前がいないから」 「…一緒に眠ると、夢を見るタイミングまで一緒になるんですね」 「そうみたいだ。夢で良かった」 「僕もです」 お互いどんな悪夢だったのかは口にしなかった。 私は瑞の顔を上向かせ、唇を重ねた。 つい数時間前まで身体を繋げていたのに、もう枯渇する。 瑞の手が私の着ている浴衣の衿合わせに忍び込み、肌の上を優しくなぞりだした。私は瑞の魅惑的な腰のカーブを、布の上から撫であげる。 すぐにお互いの身体が熱を持ち始める。 リビングの床の上に、瑞の身体を横たえる。 あえて帯を解かずに、私は瑞の浴衣の前を開いた。 舌を絡めながら、露わになった胸に指を歩かせた。 瑞はとろんとした瞳で私を見上げささやいた。 「……触って……君行さん…」 私は答えずに微笑みかえし、浴衣の合わせをさらに広げた。そして瑞の期待して熱く硬くなっている性器に触れた。 「……っは……ぁんっ……」 瑞は仰け反り、甘い声で鳴いた。 私の手の中でびくびくと震える牡は、すでに先端がぬめり始めている。 瑞は私の顔を引き寄せ再び唇をねだった。ちらりとのぞく赤い舌が、私を快楽へ誘う。 口の中を瑞の熱い舌が這い回る。 10歳以上も若いこの青年は、いともたやすく私を籠絡する。 十分に張り切った瑞のそこから手を離し、口に含もうとしたときだった。 「君行さん……こっち…」 瑞は淫らに両足を広げ、その薄桃色の入り口を自分の指で押し広げて見せた。 「こっちも…触って……」 あられもない姿に、わずかに残っていた私の理性は崩壊した。瑞の性器を口に含みながら、広げられた入り口に指を差し入れた。 ふたつの快感に瑞は身をよじらせ、潤んだ瞳で私を見る。 私の口の中でびくつきながら、かたや瑞の中は私の指を食いちぎらんばかりにまとわりつく。 「ぁ…っ…ああっん…きみ…ゆきさん…やぁ…っ…」 脚を広げ、私を見下ろしながら瑞は喘ぐ。
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