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「いや、店長。いまこうやって休んでるじゃないですか。お客さん、だれもいませんし」
おとといからこの店で働きはじめたばかりの店員が口を出す。
その言葉に店主は店の入り口を向いたままため息をついた。
「カウンターに立ってるのを休んでるとはいわねぇんだよ」
「でも、こうやって雑談できるくらいにはここも閑職ですよ? お……ぼくの友達なんて死んだ人の回収を手伝う仕事に付いちゃったもんだから、話す暇も無いみたいで最近……」
「おい、これは雑談じゃねぇよ。仕事の内容を教えてんだよ」
「あ、やば。ごめんなさい」
「おまえなぁ……」
店主が店員をしかりつけようとしたそのとき、店の扉が開いた。
入店音を聞いた店主はすぐに接客用の笑顔を作った。
「いらっしゃいませ。ようこそ『カスタムジャンキー』へ」
「いらっしゃいませぇ」
「あ、はい……どうも」
その客は小さく頭を下げてから、物珍しそうに店を見渡した。
それからおびえたような足取りでカウンターに近づいてくる。
内装は他の店と大差無いはずだが、もしかするとはじめて死んでここに来たのかもしれない、と店員は考えた。
店主は「まずはお掛けください」と、客を椅子に座るように促した。
店員に目配せをして椅子を引くように指示する。
店員は慌ててカウンターから出て、来客用の重い椅子を引いた。
客は店員に向かって小さな声で「ありがとうございます」と言った。
「お客様、もしやお亡くなりになったのは初めてでしょうか」
店主も店員と同じように考えたらしく、客と目線を合わせるように椅子に座りながらそう尋ねる。
客はこくりと頷いた。それから不安げに口を開く。
「あの、人生を組み替える? には、今の人生を売らなきゃいけないって、案内してくれたひとに言われたんですが……」
「はい、そのとおりです。なにか、ご不明な点はございますか?」
「えっと、その、人生を売ったら、どうなるんですか?」
どうなる、とはまた漠然とした質問を、と店員は内心で苦笑いした。
だが店主は慣れた様子で「そうですね」と手を組みながら物腰柔らかく対応する。
「まず、先ほどお客様が言ったように人生を組み替えることができます。お客様の寿命は少なくとも九百年は残っているはずですので、今でしたらこの店にある人生を自由に選ぶことができます。もちろん、先ほどまでの人生を繰り返してもかまいませんが、そうする方は少ないですね」
「……他には……何かありますか」
「はい。今、お客様が所持してる人生を売るとポイントを得ることができます」
「ポイント……?」
客は困惑して聞き返す。
「カスタムポイントが正式名称ですね。我々はCPと呼んでいます。このCPを使うと選んだ人生を自己流にアレンジすることができます。CPは寿命が尽きるまで使用可能で、使わなければ次に店を利用するまで繰り越しになります」
「その、皆さんは、どんなふうに使っているのでしょうか」
「使い方は人それぞれですので、全く使わない方も、毎回使う方もいらっしゃいます。最後の人生まで貯めておいて、その最後の一回に全てのポイントをつぎ込むこともできます。ポイントは魂に紐付けされています。ここではない他の店でも使うことができますのでご安心ください」
客はその言葉に目を白黒させながらも頷いた。
「わかり、ました……えっと、たとえば、何を変えられるんですか」
「そうですね、CPがあればなんでも、と言うしかありません。店で作っている人生は基本的なものばかりですので、三回ほど体験すると魂が飽きてくるんです。そうすると『基本的な部分は満足してるけど、兄弟がいればもっとおもしろいな』とか『今度は違う性別で同じ人生を歩んでみたいな』と考える方がいらっしゃいます。自身の性別や家族関係程度でしたら、サービスでCPを使わずに変更できますが、前者のように人生で関わる人数を増やすとなるとCPが必要になります。ただ、この場合は一人増やすごとに必要なポイントが増えてしまうことと人数に上限があることに注意してください」
「……はい」
「基本の人生やCPを使ってできることに関してはカタログがございますので、お客様の人生を査定している間にご覧ください。では、貴方の人生をいただいてもよろしいですか?」
「はい、よろしく、おねがいします」
客がそう答えると人の姿は砂状に崩れ、その塵は店主の手のひらに集まっていく。
椅子の上に残ったのは光だった。
物言わぬ魂だけの存在になった客は、ただふよふよと浮かんでいた。
「では、少々お待ちください。すぐにそちらの者がカタログをお持ちします」
店主はそう言って店の奥に引っ込んだ。
店員はカウンターの背後にある棚から分厚い本を二冊取り出して魂の前に置く。
「どっちから見ますか?」
魂はCPのカタログの上に移動した。
「了解です」
店員がCPのカタログを広げると、魂は椅子の上に戻る。
「あ、これおすすめですよ」
「こっちはこの店より向かいの店の方がお得なんですよね」
などとセールストークとはほど遠い言葉を発しながら店員はページをめくっていく。
査定はすぐに終わったようで、客が人生のカタログを見はじめる前に店主が戻ってきた。
「おまたせしました。貴方の人生は6CPに交換できます。次の人生は決まりましたか?」
「あ、店長、まだ人生のカタログ見てもらってません」
ぴくり、と店主のこめかみが動いた。
店員は「マズイな、怒られる」と思ったが、店主は怒気など微塵も見せずに魂の向かいに座る。
「申し訳ありません、まず基本の人生を選んでいただかなければなりませんので、先にこちらのカタログをご覧ください」
またゆっくりと一頁ずつ、今度は店主がカタログをめくっていった。
店員は客が店を出たあと店主に問い詰められた際にどんな言い訳をするかを考えていた。
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