「カスタムジャンキー」三蛙野店

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「……さっきのお客さんの人生、どんな感じでした?」  客が帰ると店員はすぐにそう尋ねた。  雑談しているうちに先ほどのミスを忘れてくれないかと期待してのことだった。  その思惑を知ってか知らずか、店主はじっと店員の顔を見てから答える。 「あのお客様が来る前に話していたのと、だいたい同じだ」 「十代が春のやつですか? それとも諦めてから春のほう?」 「その区別の仕方、わかりにくくないか」 「そうですか? まぁいいじゃないですか。で、どっちだったんです?」 「最初に言った方だ」 「へぇ。俳優ですか? それともアイドル?」  店員がそう言うと、なぜか店主は眉根を寄せた。 「おまえにはそう見えたのか」 「あれ、ハズレですか。だってけっこう若かったし、整った顔してましたよね」 「……兵士だよ」  ぼそり、と店主はつぶやく。 「え?」 「何度も聞くな。あのお客様は兵士だった。十二歳で初めて人を殺して、次の歳には軍に入り、その次の歳で勲章をもらって、その次の歳には敵軍に突っ込んで戦争を終戦に導くほどの戦果をあげ、味方からは女神扱いされた。戦場から命からがら帰還したが、その数日後にたくさんの兵士やその国の民たちに見守られながら病院で息を引き取った」 「はぁ、なんとも苛烈な人生で。それで、あのお客様はどんな人生をお選びになったんです?」 「……おまえ後ろにいたくせに、いったい何を見てたんだよ」  寄せた眉根をさらに深くし、店員をにらむ。 「あ、いや、あはは。……少し考え事をしてまして」  店主は今日何度目かもわからないため息をついてから答える。  そこには至らない店員への呆れとともに、やるせなさが滲んでいた。 「売った人生とまったく同じものを作っていた。オプションはCP全部使って『前世認識』をつけていたよ」 「うわっ、それってちょっとヤバいですよ。執着入ってるじゃないですか。しかも全ポイント消費のオプションまでつけて。なんで止めなかったんです」 「止めたさ。やんわりとだけどな。だが結局はあの魂が決めることなんだよ。おれたちができるのは紹介と勧告だけだ」  店員が、あ、と声を上げる。  軽薄な笑顔はなりをひそめ、顔がサッと青ざめた。 「……もしかして、おれがCPのカタログを先に見せちゃったから、そんなふうに選んじゃったんですかね」  店主は一度口を開けたが、すぐにそれを閉じた。  そして、穏やかな声で言葉を吐く。 「ばかやろう。お客様の意思を侮辱するんじゃねぇよ。そんなこと、二度と口にするな」 「……すいません」    店員はうつむいて言った。  店主は気まずそうに頭をかいて続けて言う。  「あの魂も、次の次ぐらいには別の人生を歩むようになってるだろう。おまえの気にすることじゃない」 「……はい、ありがとうございます、店長」  珍しく殊勝な態度と顔で言う店員を気味が悪いと思ったのか、店主は大げさに咳払いをした。 「それより、だな。おまえが反省しなきゃならねぇのは店員としての未熟さだろうが!」 「あ、バレました?」  さきほどの態度はどこへやら。  店員は軽薄な笑顔を取り戻してケロリと言ってのけた。 「バレるバレない以前におまえのは接客じゃねぇんだよ! なんであんなにフランクなんだ! お客様はてめぇの友達じゃねぇ!」 「あーもう、怒らないでくださいよ~。しょうがないじゃないですか~、おれは元からこんなんなんですって」 「クソが。てめぇが天界上がりじゃなけりゃすぐにクビにしてやるとこだ」  そう吐き捨てる店主をものともせずに店員は「上がりっていうか、下がりですけどね位置的に」と、ふざけた口調で冗談をかます。 「下らねぇこと言ってんじゃねぇ」 「あ、店長、うまーい! 『下がり』と『下る』をかけたんですね」  ミシ、と店主の拳がきしむ音がした。 「……おい、そろそろおれの堪忍袋の緒が切れても知らねぇぞ」 「スイマセン、ゴメンナサイ、そろそろ反省します」 「よろしい」  こりゃ研修のし直しだな、と店主は頭をかいた。  店員はゆるい口調で、よろしくおねがいしまーす、と言う。 「まずは見送りの挨拶からだ。おまえ今日一回も言ってねぇじゃねえか。なんて言うのか、覚えてるよな」 「ああ、はい、覚えてますよ。たしか『良い人生をどうぞ~』みたいな感じでしたよね」 「うろ覚えどころじゃねぇぞ、それ。いいか、もう一度言うからよく聞いて覚えろ」 「はーい」  店主は厳かに、低く落ち着いた声で言う。  その言葉は、客のいないがらんとした店内によく響く。 「またのご来店、お待ちしております。それでは、貴方の素晴らしい人生を始めてください」
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