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言いはしたけど、ギュッと目を瞑った智紀にクッションを投げつけるだけにして、
私はその晩からこの兄貴の家に逃げ込んだ。
ちょうど週末で、少し頭を冷ましてから日曜の晩に智紀と話し合った。
『・・・・堕ろしてくれと、頼んでるんだ』
『・・・・・・・・。』
『けど、嫌だって泣かれてる』
知らない余所の女ならともかく、私が目を掛けていた若い女子社員だ。他県の専門学校を出てウチに来て、デザイナーとして育てていくつもりだったのに。
『雪奈ちゃん、純粋なんだけど・・・・常識の通用しないところあるの、知らなかった?』
『・・・・え、』
『田舎の専門学校出たばかりで、揉まれてない所為かも知れないけど。自分の思い通りにならないと脆いのよ。ちょっと被害妄想の気もあるし。・・・・ゆっくり諭せば理解できる時もあるんだけど』
ウチの社員さん達は可愛がってたから衝突することは無かったけれど、取引先から少しクレーム付けられただけで落ち込んで、しかも自分個人に悪意を向けられたと泣いて訴えた事がある。
社会人としてはどうかという甘さだったけれど、まだ二十歳そこそこだから仕方ないと・・・・会社として引き受けた子だから、育てなければと考えていた。
それなのに。
『ウチの娘はまだハタチなんですよ?』
『お母さん、私21・・・』
『あ? ともかく、こう言っては何ですが、上司であるご主人に迫られたら、』
『あのね、お母さん、あの・・・・昨日も言ったけど、前田部長が強引に迫ってきたんじゃなくて、』
『でも分別のある大人ならっ』
『ごもっともです、お母さん。申し訳ございません』
青ざめる智紀の隣で私は彼と一緒に頭を下げるしかなかった。副社長としては、そうするしかなかった。
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