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「実は好きな子が出来てね。
こういうのは生まれて初めてだからお前に忌憚のない意見を言ってもらいたい。
この子をどう思う?」
そう言って俺の目の前にいる白皙の美少年はまるで生まれた時からそうでしたよとばかりに口元に優雅な笑みを浮かべ俺に一枚の写真を差し出した。
成程、今日はこれで遊ぶつもりなのだな。
このお坊ちゃんは。
さて、何て返すのが正解なのだろう。
写真にはピンク色の制服に身を包んだ、アイスクリームショップの店員さんが写っている。
「この間、病院の帰りに偶然彼女を見かけてね。一目惚れだったんだよ」
それは無理だろ。
病院の帰りということはお前は間違いなく車上の人で、写真の女性が働いているのは、大型スーパーのフードコートにある店舗で、駐車場から彼女を見つけるのはまず不可能だ。
何故そんなことを知っているかって。
写真に写ったアイスクリームショップのピンク色の制服に身を包んだ可愛らしい女性は、俺の彼女だからだ。
「可愛らしいな」
「そうかい?奏もこういう女性が好みなんだね。知らなかったよ」
「言わなかったのは悪かったけどさ」
「あれ、もう辞めちゃうのかい?もう少し僕の初恋に付き合ってくれてもいいんじゃないかい?」
「嫌、もういいよ。俺が悪かった」
「つまんないなあ。僕はこうするつもりだったんだよ。病弱な御曹司が死期を悟り、たった一度出逢っただけの女性に財産の全てを譲りたいから彼女を探し出して来てほしいと探偵業を営む男に彼女の写真を託す」
「俺はいつ探偵業を営む男になったんだ。ただの大学生だ」
「たった一度出逢った女性はいつのまにやら未亡人になっていて、子供もいた。探偵は彼女に言う。九年前の子供を憶えていませんか、と。あの暑い夏の日に貴方がアイスクリームを買ってくれた子供ですよと」
「時間軸どうなってんだよ、俺と同い年だよ」
「知ってるよ。大学の同級生だろう。名前は田中栞」
「で?」
「で?とは?」
「嫌、お前はどうしたいわけ?」
「連れて来い」
「は?」
「田中栞を連れておいで。美味しいケーキをご馳走しよう」
「ああ、まあ、いいけど」
「奏が悪いんだよ。何か面白いことがあったら何でも僕に報告してねって言ったのに。彼女が出来たこと教えてくれないんだもんね、二年も」
「嫌、まあ、悪かった。けど、面白いか?別に壮大なドラマなんかねえぞ」
「僕からしたら面白いよ。変哲のない緩やかな日常は。ましてや奏の彼女の話だなんて最高じゃないか。お前みたいに愛想のない男でも背さえ高くて、雰囲気が涼やかなら何とかなるもんなんだなぁと感心した」
「はいはい、どうせ俺は地味で印象に残んない顔ですよ。でも自分の顔なんてどうでもいいだろ。自分で自分を見ることなんて鏡でも見ない限りできないんだから」
「それはそうだね。顔なんてどうでもいいは賛成だよ。僕も見た目なんかどうでもいい。大事なのは思いやりだからね」
「いいこというな」
「栞は顔に惚れたんじゃないんだね。どこが良かったの?」
「わからんけど、まあ連れてくるのは連れてくるよ」
「素直だね。じゃあ約束。できるだけ早くね」
「ああ」
この大層お綺麗なお坊ちゃんは日本人で知らない人間などいない超巨大企業の創業者一族の末裔で、広大なお屋敷に小さい頃から使用人と住んでいた。
そんな御曹司様と根っからの庶民である俺が何故このような会話ができるかというと、何のことはない、俺の亡くなった祖母がこのお屋敷で家政婦をしていたからだ。
俺は小学校一年生の時に母親に夏休みの間だけと言って祖母の家に預けられた。
それから翌年の俺の誕生日の三月まで母親は音信不通だった。
母は俺を祖母の家に置き去りにして十五も年上で妻子持ちの不倫相手の男と北海道に逃げたのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺のしょうもない人生など、別に。
俺が小三の時、お坊ちゃんは突然祖母に言ったらしい。
一度孫を家に連れておいでよ、と。
俺は前日の夜、祖母にそれはそれはしつこく言われたものだ。
お坊ちゃまには、自分から話しかけないこと、お坊ちゃまから話しかけられたらちゃんと丁寧にハキハキと答えること。
段々熱を帯びてきた祖母は、お坊ちゃまはお前が普段一緒にいるようなガサツな子供達とはわけが違うんだからね。
育ちが違うの、生まれつき病弱でお屋敷からほとんど出られないの、だから、あれよ、皇帝とお話しすると思いなさい。
同じ人間だと思っちゃ駄目だからね。
と、まあこういったことを当日の朝まで俺に説いた。
俺と同じ生まれであったはずの祖母が何でこんなお屋敷に出入りできるようになったかは今となってはもうわからないが、俺はそういった経緯で夏の暑い日に屋敷の門をくぐったのだ。
祖母の言うことは何も間違っていなかったのだと俺はすぐに理解した。
その屋敷は正に皇帝の城といっても過言ではなかった。
少なくとも小三の俺にはそう見えた。
庭が余りに広く、いつお屋敷に着くのかと思ったが、珍しい景色だったのでうんざりはしなかった。
屋敷の中は涼しく、静かだった。
祖母と二人案内された部屋に行くと、真っ白い顔をした、母親の胎内に人間の醜さの全てを削ぎ落として来たかのような美しい子供がベッドに腰かけ、俺を貴婦人のような笑みを浮かべ見ていた。
御曹司は俺より二つ年下だったはずなのだが、俺には何故かこの家の女主人のような錯覚を覚えさせられた。
初対面でこれだけの圧倒的な力を見せつけられ、俺はもうお坊ちゃんが口を開く前から、本能的にこの天才的な綺麗さを持つ子供にひれ伏してしまっていた。
「佐藤奏、かなで、かなで、奏、奏かぁ」
御曹司は勿論呼び捨てだったが、当然のことに俺は思えた。
「奏、時々家に遊びにおいで。そして何か面白いことがあったら何でも僕に報告してね。僕は一日中この家にいるから」
それから祖母がお坊ちゃまがお前に来るように言っていると言われるたびにお坊ちゃまに会いに行き、三年が経ったとき突然お坊ちゃまは言った。
「僕はね、十八歳まで生きられないって言われているんだ」
俺は何て返事をしたんだろう。
この時のお坊ちゃまの透き通るような声も、まるで違う世界から俺に呼びかけているかのような表情まで思い出せると言うのに、自分自身が何を言ったのかは思い出せない。
何を言ったかわからないけど、アイス食べねえ?と言ったのは確かだ。
だって、坊ちゃんは言ったんだ。
「僕、アイスは食べられないんだ」
その声も、余りに優しすぎた表情も容易に今でも取り出すことができる。
俺は屋敷から出るとすぐに彼女、田中栞に電話をして、俺の近所のスーパーで待ち合わせをし、夕飯の材料を買って帰った。
俺は帰宅すると真っ先にスーパーで買ったアイスを冷凍庫に入れ、これまでのお坊ちゃまとの経緯を話した。
栞はよくわかんないけど、豪邸に行くわけだねと言って、取りあえず服買いに行かなきゃと張り切りだした。
余りに無邪気な様子に俺は心配になり、昔祖母が俺にくどくどと説明したことと同じようなことを言ってしまうと、栞は笑い、皇帝みのある白皙の美少年を三次元で拝ませてもらえるなんて生きてるうちにあるかないかだもんね、楽しみにしてる、と大いに彼女を高揚させてしまった。
「お土産何がいいかなぁ?」
「なんにもいらねえよ、大金持ちなんだし」
「アイスクリームは?私のバイト先知ってるんだし、持ってった方が良くない?」
「アイス好きじゃねえから」
「アイスクリームケーキもあるけど」
「冷たいのは一緒だろ。アイスはいい」
アイス食えねえとは何故か言いかねた。
「お花は?」
「家、植物園状態。多分びっくりすると思う」
「そんなに広いの?」
「大豪邸」
そうなんだぁ、と栞は言って取りあえずお坊ちゃまの話は一旦お終いになり、俺達は二人で夕飯の餃子作りに取り掛かった。
「晶様って呼べばいいのかなぁ?」
「嫌、様はいいだろ。俺もそんな風に呼んでねえし」
「かなちゃんは何て呼んでるの?」
「呼んだことない」
「え?」
「俺から話しかけることなんてないから、多分呼んだことない」
栞は不思議そうな顔をしたが、餃子が焼けたのでこの話は終いになった。
俺達は餃子と麻婆春雨と冷ややっこと白米をたらふく食べ、それぞれ思い思いにゲームに勤しみ、風呂に入り、アイスを食べ、ゲームをし、眠った。
栞は考えに考えたあげく、美貌の御曹司への手土産は漫画にしたらしい。
「なあ、それ、完結してる?」
「してる。それに四コマ漫画だから一巻だけで面白いと思うよ」
栞が買ってきたのは所謂女子高生の平凡な日常を描き、アニメにもなった作品で、丁度最終巻が昨日出たもので、俺は中々いいチョイスだと思った。
栞は五歳上の会社員のお姉さんに借りたというワンピースを着ていて、少し大人びて見えた。
屋敷に着くと、栞はまるで博物館に来たみたいにかしこまり、お坊ちゃまの部屋に着くまで一言も喋らなかった。
お坊ちゃまは終始聖女のような笑みを浮かべ栞の話を聞いていた。
俺と栞は名前のわからないドライフルーツやナッツの入ったチョコレートのケーキを食べ、夜は自分では一生買えないであろう、信じられない程美味いステーキを食べさせてもらい、お車をと言われたが丁重に断り、普段は薄っぺらい腹が幾分膨れた様な錯覚を憶えながら、俺の家までの長い道を徒歩で帰った。
「お腹一杯だね」
「ああ」
「これはフルマラソンくらいしないといけないんじゃない」
「そうかもな」
「かなちゃん、いつもあんなに美味しいもの食べさせて貰ってたの?」
「食ってけっていうからな」
「でも自分は食べないんだね」
お坊ちゃまはいつも食べなかった。
これは昔から、出逢った時からそうだった。
いつも俺が出されたスーパーではお目にかかれない菓子を食っているところを、慈愛を帯びた眼差しで見ていた。
夕飯もそうだった。
あいつはいつも広すぎる食堂の長すぎる背もたれの椅子に座り、一人豪勢な飯を食う俺を自室のモニターで見ていた。
今日もそうだったに違いないが、栞には言わなかった。
「本当に綺麗な子だったね。私これからテレビで国宝級のイケメン見てもイケメンだと思わないだろうな。絵みたいな子だったよね。何と言うか、宗教画。上限解放イラみたいな」
「わかる」
「あんな美しい子がこの世にはいるんだねぇ」
「いるんだな」
「でも、親御さん持病は?って聞かれたのはびっくりしちゃった。先祖に突然死した人はいるかとか、趣味とか聞かれるかなって思ってたから、読書ですって言おうと思ってたんだよ、漫画だけど、何か、変わったお姑さんみたい」
「お姑っていうか、小姑な」
「あー、そうかも。でも面白かったね。嬉しかったよ」
「そっか」
「うん。私かなちゃんの彼女として合格だったのかな?大丈夫そうだった?」
「嫌、別に、そういうんじゃなくて、たまには違う人間に会いたかったんじゃねえの」
「そうかな。明日家にお金のいっぱい入ったジェラルミンケース持った黒スーツの男が訪ねてきたらどうしよう。奏さんと別れてくださいって。お姉ちゃんびっくりしちゃう」
「ねえよ。あるか、そんなの」
「このお土産何だろ?お菓子の詰め合わせかなぁ?」
「多分そうだろ」
自分は食べないからとあいつはよく俺や祖母に有名人のお取り寄せで紹介されるお菓子やら、よくテレビで視聴者プレゼントとして出てくる高級な果物やらを持たせてくれた。
あの家にはそういったものが定期的に送られてくるが、皆使用人が貰って帰り、お坊ちゃまはほとんど召し上がられないと祖母は言っていた。
「かなちゃん、割と豊かな食生活だったんだね」
「そうだな。まあ祖母ちゃんと二人で食べてた普段の飯はそうでもなかったけど、あの家に行くといっつも美味いもん食わしてもらってたな」
「かなちゃん舌肥えてたりする?私のご飯ホントは不味いと思ってる?」
「嫌、美味いよ。美味いもんはたまに食うからいいんだよ。毎日あんなステーキ食ってたら、胃袋おかしくなんだろ」
「まあねぇ、ホント。ちょっと走って帰る?」
「暑いからヤダ」
「明日は胃を休めるために粗食にしましょう」
「あさって実家帰るんだっけ?」
「うん、お姉ちゃんのお休みに合わせて。十五日には帰ってくるよ。バイトもあるし」
「ん」
「寂しい?」
「嫌、別に」
「もー」
家に帰り二人でお坊ちゃまから頂戴した包を開けた。
中身は宝石箱といっても差し支えないような缶に入ったクッキーの詰め合わせだった、栞は貴族のクッキーだと言って喜んだ。
二日後お坊ちゃまから飯を食いに来いと電話があった。
贅沢に一人すき焼きをご馳走になり、デザートに複雑なバニラ味のジェラートを食べ、部屋に行くとお坊ちゃまはいつも通りベットに気品溢れるご様子でお待ちになられていた。
俺はこの間の礼を言い、栞があんな美味しいもの初めて食べたと言っていたと言うと、お坊ちゃまは栞は飛竜頭ばっかり褒めていたねと言って笑った。
確かに食ってる間、栞は肉よりも飛竜頭ばっかり褒めていた。
お坊ちゃまは栞が絶賛した飛竜頭の店の名を教えてくれたが、まあ買うことはないだろうなと思ったので、俺は聞き流した。
あんな美味いものは一生に一回でいいし、俺はスーパーので充分だと思った。
「奏、今日は泊まっておいで」
「嫌、帰るよ」
俺は一度もこの屋敷に泊まったことなどなかった。
どんなに遅くなっても祖母がそれを許さなかったし、お坊ちゃまも無理強いしなかった。
「今日は遅くまで付き合って欲しいんだ」
「何かあるわけ?」
「星をね、見たいんだ」
「星?」
「うん、今日はね、ペルセウス座流星群が見れるんだって」
その星なら俺も知っていた。
毎年お盆の頃になると俄かに騒ぎ出すあれだ。
「見たいわけ?」
「うん。見たい。今日のね、十一時過ぎに見えるんだって。でね、奏。僕を庭に連れて行って欲しいんだ」
「いいけど、夜起きてて大丈夫なのか?」
「うん平気だよ。でも僕もう歩けないから、おぶって欲しいんだ。大丈夫。僕は軽いよ、もう四十五キロないしね。栞より軽いと思うよ」
俺はこいつの正確な身長は知らない。
いつもベッドに座っていたから。
体重も知らない。
いつも見ていたからか、急激に痩せたようには見えなかった。
「じゃあ、よろしくね。十一時になったらまたお部屋に来てね」
待っている間、水族館のような珍しい魚たちの水槽の有る部屋でゲームをして過ごした。
スマホゲームは待ち時間に凄く便利だ。
そしてふと思った。
あいつは俺を待っている時間何をしていたのだろうと。
十一時になり俺は坊ちゃまをおぶり庭に出た。
何も背負っていないような軽さに九年前の夏の日を思い出した。
僕は十八歳まで生きられないんだ。
「奏、僕はお前が羨ましいな。栞みたいな子と結婚できて」
「結婚できるかはわかんねえよ」
「わかるよ。栞はいい子だよ。栞と結婚するといい。必ず幸せになれるよ」
「予言者かよ」
「そうだね。もし子供が生まれて女の子だったら僕におくれ。お嫁さんにするから」
「姫坂夫人ってか、こえぇから断る」
「えー、いいの?断って?一生困らないで暮らせるよ。奏だって一生働かなくって一日中ゲームして暮らせるのに」
「一日中ゲームしたくねぇわ。俺は普通に静かに暮したい」
「奏はそう言うだろうね、栞もそうなんだろうな」
俺達は暗闇でも美しさのわかる花々で敷き詰められた庭で星が流れるのをひたすら待ったが、星は終ぞ流れなかった。
あれから八年が経った。
俺は大学を卒業すると同時に栞と結婚し、赴任先の大阪に引っ越した。
栞の実家は大阪なので、栞の妊娠がわかるとご両親は家をリフォームし、今はその広くなった家で栞の祖父母と栞の両親と娘達八人で暮らしている。
俺は生まれた時から父親がいなかったので、二人以上で暮らしたことがなく、上手くやれるかと思ったが杞憂だった。
晶はあの日、二人で星を待った日の翌日から昏睡状態になり一度も意識が戻ることなく一週間後この世を去った。
あと三日で十九歳の誕生日だった。
俺が何故こんなことを詳細に思い出しているかというと、今日は八月の十二日でテレビで今夜の十時にペルセウス座流星群が極大を迎えますとアナウンサーが言い、夕飯を食べ終えた娘達が見たいと騒ぎ出したからだった。
娘達は普段夏休みでも九時に寝かせているのだが、俺の母がせっかくばあばの家に来たんだからいいじゃないと言ったので、家主に従うことにして俺達五人はアパートの外に出て星を待った。
北海道に不倫相手と逃げた俺の母親は、男が亡くなった四年前から千葉に移り住み、ゴールデンウィークとお盆は毎年一緒に過ごすようになった。
俺達親子は一緒に住んでいなかった期間の方が長かったが、四年前の夏、孫連れて帰ってこない?と電話で言われ複雑な気持がしたのに、いざ帰ってみて、ちらし寿司にうちわで風を送る母と、冷凍庫にぎっしり詰められたファミリーパックのアイスクリームを見て、何だか今までの全てがどうでも良くなった。
暫く無言で五人で空を見上げてると微かな線が見え、娘達は見えたー、と指を指した。
あの日、晶をおぶり見上げた空は曇っていて何も見えなかった。
何で今見えるんだと文句を言いたくなった。
晶はあの日が最後だったのに。
一つ見れたら満足したのか、空を見上げてばかりで首が痛くなったのか、娘達はアイス食べたいと言いだし、栞に寝る前はダメ、お昼に一個食べたでしょう、アイスは一日一個、とたしなめられ、母に明日の朝ご飯食べたら食べようねと言われ、しぶしぶ頷いた。
俺が娘達と母がアパートに入った後も空を見上げていたので、栞がどうかしたのと背伸びをし俺の顔を覗き込んだ。
俺は何でもないと言い、星よく見えるなと言った。
俺はこれから毎年思い出すんだろう。
晶に見せてやれなかった星と、晶が食べることができなかったアイスクリームを。
あの時の晶の軽さはもう思い出せないのに。
「美雪と美波は玉の輿に乗りそびれたぞ」
「え?」
俺はこの八年間ずっと言わなかった晶との最後の会話を話した。
栞は笑った。
表情は見えなかったが笑ったのがわかった。
「私ね、今でもあの貴族のクッキーの缶大事に残してるんだよ」
「知ってる」
星はまた流れた。
八年前の夏、どれだけ待っても運命のように流れなかった星が。
娘達が寝静まったらこっそり二人でアイスを食べようと思った。
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