1夜

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1夜

 初音はふと、目を覚ました。何の前触れもなく、ぽつりぽつりと雨が降り出すように。薄暗い部屋の中はしんとしていて、聞こえるものといえば、庭先で鳴く虫たちの声と、それに混じってときおり響く底暗いコノハズクの囁きばかりだ。  初音は頭をめぐらせて、となりの布団ですやすやと寝息を立てている、弟の吟太の方を見やった。すると、寝るときには確かに掛けてあった夏用の掛け布団を、吟太は被っていなかった。それを見て、吟太のこの癖は、いつになったら直るのだろうか、と心の中で呟き、のそのそと自分の布団から這い出した。  深い青色の霧がうっすらと立ち込めるような夜の闇に目を凝らすと、吟太の掛け布団はすぐに見つかった。吟太の足で踏み拉かれた布団は、その足元でくしゃくしゃの無残な姿をさらしていた。何だか、雨の日に捨てられた仔猫みたいだ、と初音は思った。  それを取り上げて、大の字になって眠っている吟太の身体の上にそっと掛けてやると、吟太は小さく唸って寝返りを打った。弟の寝顔にちょっとだけ目を落とした後、初音は振り向いて、父にあてがわれた布団に目をやった。  しかし、そこに父の姿はなく、布団は敷かれたときのまま、誰かが寝ていたような跡もなかった。父が起きているのなら、従兄弟たちもまだ起きているのだろうかと、初音は考えた。
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