3夜

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3夜

 晴海さんによると、そのお話の筋は次のようなものだった。  今からずっと昔、日本のあちこちで、小さな国がお互いに戦争をしていた時代、ここ折穂村の周辺にも、小さな国があった。そこでは、王様と、王様を陰で支える、占い師のような役割の女の人とが、代々その国を治めていた。この女の人は代々、結婚も、子どもを産むことも禁止されて、一生を国のためにささげることが決められていた。結婚したり子どもを産んだりすると、女の人は占いの力を失ってしまう、と信じられていたのだ。  ところが、ある代の女の人が、王様に内緒でこっそり結婚し、子どもを産んだ。王様が直接女の人と顔を合わせることはほとんどなかったから、その子どもが大きくなるまで、隠し通すことができたらしい。  その後、あるときの戦争で、その国は近隣の敵国に負けてしまった。そのときたまたま、女の人が子どもを産んでいたことを、王様に告げ口をした人がいた。王様は怒り狂って、女の人と、その夫と、そして二人の子どもを、みんな殺してしまった。女の生まれた家の者たちに対しても、その財産を取り上げたり、ひどいことをしたという。  すると、やがておかしなことがこの国の重だった人々の身の上に起こり始めた。最初は、王様の跡継ぎが立て続けに病気で亡くなった。子どもたちがみんないなくなると、今度はお妃さま、その次はその血縁者や政治の補佐にあたっていた人々。その中には、例の告げ口をした人とその一族も含まれていた。人々は、きっと王様に殺された占い女親子のたたりだと噂するようになった。  始めはそんな噂を気にもとめなかった王様だったが、臣下の中で、告げ口をした人だけ、本人だけでなく一族みんな亡くなってしまい、震え上がった。そして、罪人として粗末な葬り方をした占い女の親子を改めて丁重に弔った。そして、もう二度とたたりのないよう、その占い女の一族に墓守の任を与えた。  その占い女の親子が葬られた土地こそ、この折穂村であり、その墓守一族の末裔が、この村で折戸姓を名乗る家の者である。折戸は、本来、「いのり部」のことなのだ。というのが、晴海さんの主張だった。 「それのどこが怖い話なの?」  と、いとこたちの中の一人が、けげんな顔で晴海さんに尋ねた。すると、にこにこして晴海さんは応えた。 「ここから先は、私の推測なんだけどね。その後、墓守の任を与えられた私たちの祖先は、毎年、彼らを鎮める儀式を行っていた。けれども、その国はよその国にほろぼされてしまったの。王様の家系も絶えて、何百年も経つうちに、その儀式は忘れ去られていってしまった。その占い女の呪いは今も続いていて、慰めの儀式を必要としているのに。この村で、何年かに一度、この時期にみんなくらいの子どもが必ず一人神隠しにあうのは、イノリベとして、先祖の霊たちが招き寄せているからなんじゃないかなって、あたしは思っている。たとえば、謡子さんとかね」  そう言って、晴海さんはちらりと初音の方へ目をやった後、すぐに子どもたち全員を見まわして言った。神隠しの話は初めてきいたけれど、母の謡子が、お盆や正月にこの村へ来るとき、しきりに初音を自分のそばに置きたがっていたことを、初音はふと思い出した。 「彼女以来、もう何年も神隠しは起こっていないから、そろそろ、鎮め手が必要になって来る頃だもの。もしかしたら、今夜あたり、この中の誰かが神隠しに遭うかもよ」  そこまで言ったとき、初音の背後から声が上がった。 「またお前は、そうやってあることないこと子どもに吹き込んで。昔話がほんとうのことかどうかも、神隠しのことも、全部お前がそう決めこんでるだけだろ。考古学だか民俗学だか知らないけど、金にもならない妄想にいつまでもうつつを抜かしてないで、そろそろ本腰入れて就職先探せよ」  声の主は、晴海さんの双子の兄、天真さんだった。天真さんは二三年前に大学を卒業して、今は県内の民間企業に就職している。  すると、晴海さんは腹立ちをあらわにして応えた。彼女の、薄化粧の下の、生来色白の頬がうっすら桜色に染まっているのを、初音は見た。 「決めつけてなんかいません。あたしは、確かめたいの。これがただのおとぎばなしなのか、それとも根のある言い伝えなのか。あたしはこの道に生涯を捧げるってもう決めたんだから。もう学費だってなんだって、自分の稼ぎでやってるでしょう。あんたに口出しされる筋合いなんてありません」 「筋合いならあるだろ。今お前の身に何かあったら、迷惑被るのはこっちなんだぞ。それに、母さんが帰って来いって言っても、バイトだ研究だって、田植えと稲刈りと、盆の時期くらいしか家に帰ってこないじゃないか。妖怪だの神話だの民話だの、得体の知れないもんに夢中になって、どうせ彼氏もいないんだろ」 「そういうあんたはどうなの。システムエンジニアだかなんだか知らないけど、仕事の日は一日パソコンの前にべったりで、家に帰ってからも、休みの日も、ほとんどずっと部屋にこもってゲームしてばっかりで、彼女の一人も家に連れてきたことないって、母さんから聞いてるけど」 「やめなさい、二人とも。姉弟げんかなら、家に帰ってからにして」  二人の母親、路江伯母さんがたしなめた。しかし二人の言い合いはだんだん白熱していき、講談会はまたしても中断された。やがて父親の陸生伯父さんも、その様子を見るに見かねて声を荒げて言った。 「お前たち、よさないか。いい歳をして、こんなところで……」  その様子を、幼いいとこたちはあぜんとして見守っていた。しかし初音は吟太がうとうとし出したこともあり、弟を連れて父より一足先にそそくさとあてがわれた寝室へと退散した。
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