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6夜
犬の声が聞こえなくなった後も、くねくねと曲がりくねった洞窟の中を進み続けた。途中、幾度か枝分かれした道に出くわしたが、あまり考えずに思いつくまま進み続けた。
今この瞬間にも、背後から追いかけて来た狂犬が、喉下を食い破ろうと息を潜めてこちらの様子を窺っているのではないか、そう考えると、居ても立ってもいられず、その歩調は自然と早まった。
洞窟の中は外よりもずっと空気がひんやりとしていて、何だかとても息苦しかった。中はさぞ暗いだろうと思っていたが、思いのほかに明るかった。入り組んだ洞窟の中を通る細い小川の底で点々と青白い光を放つ、水晶のような鉱石のせいらしかった。
そのうちに、犬たちが追いかけて来る気配が一向にしないことに気付き、不審に思い始めた。少しだけ立ち止まって、じっと辺りの音に耳を澄ました。
どこかで水がしたたり落ちて、小さな流れをつくっているような音がしきりと聞こえてくる。自分の息遣いや足音を除けば、おおよそ生き物の立てるような音は聞こえない。
しばらくの間できるだけ息を潜め、体中を耳にしていたが、初音を脅かすようなものは何も現れなかった。ほっとして小さく溜息を吐いた。
あいつらは自分を追いかけるのを諦めたのだろうか、それとも、もっといい獲物でも見つけたのだろうか、と考えたが、どちらの考えにもあまり自信がなかった。
すると、さっき通ってきた道の、枝分かれしている方から、物音がした。ライターを点けたときの音を、もっと大きくしたような音だった。昔サーカスで見た曲芸の、人が口から火を吹き出すときの音とよく似ていた。
それと同時に、曲がり角の向うに青白い灯りがともる。そして、初音のいる所から見える壁の辺りが、丁度映画のスクリーンのように、青白い光と、通路の向うにいるものの影を映し出した。
低い唸り声を洞窟の中に響かせながら、ゆっくりと通路を歩いていくその影は、紛れもなく犬の形をしていた。さっき外で見た犬たちの大きさと比べて、その影がいやに大きく感じられたのは、揺らめく灯りのせいだったのかも知れない。
それを見た瞬間、顔から血の気が引いていくのを感じた。とっさに、犬のやって来る通路側の岩壁へと背中をぴったりとくっつけ、息を潜めた。
犬はやけにのんびりと通路を歩いているらしく、度々立ち止まっては辺りをくんくんと嗅ぎ回る音が聞こえた。さっきの野犬たちの中の一匹だろうかと考えたが、結局はっきりとしたことは分からなかった。
犬が丁度、初音のいる通路との分岐点辺りまで来たとき、犬のやって来る方から蜂が一匹、忙しげに飛んで来るのを見た。蜂は壁に止まると、口から火を吹いた。すると、岩壁に取り付けられていた松明が、青白い焔を灯した。
蜂はその後も、犬の歩く先へ先へと飛んでいき、一つ一つ、松明に火を点けていった。その光景を見て、口から焔を吐き出す蜂なんているのだろうかと、首を傾げた。しかも、あれではまるきり、蜂は犬の召使か何かのように見える。
その奇妙な二匹連れは、初音の存在には気付かないまま、初音が通ってきた道へと、まるで散歩でもしているような様子で姿を消した。そいつらが行ってしまったきり戻って来ないのを確かめてから、そっと奥の方へと進んで行った。
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