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7夜
暗い洞窟を歩きながら、初音はさっきの虫人間のことに思いをめぐらした。
あれはいったい何だったのだろう、何のために、あんな形をして、山へ入っていったのだろう。まるで、自分をこの洞窟の辺りまで誘い出そうとでもするみたいに。そこまで考えて、晴海さんの言葉を思い出し、ぞっとした。
もしも、あの話が本当のことだったとして、母が神隠しにあっていたというのなら、母も今の自分と同じような目にあったのだろうか。
母の謡子は、シンガーソングライターだった。実際にはミュージシャンを目指す人たちの通う学校での、作詞や作曲の先生が本業のようなありさまではあったけれど、年に何度か単独のライブを開いたりして、母自身はとても幸せそうだった。小学校に上がったばかりの頃に一度だけ、母のライブに招待されたことがある。そのときのことを、よく覚えている。
ーー生まれ変わったら私、蟻か蜂になるんじゃないかしら。芽が出ない頃はアルバイトなんかも沢山したけど、今じゃ、ひとさまのように働きもしないで、キリギリスみたいに年中うたってばかりだものーー
そんなことを生前、冗談混じりに言っていた。
母の作る歌を例えて言うなら、「真珠の竪琴」だと、初音は思っていた。その瞳から流れ落ちる涙が、ことごとく真珠になったというおとぎ話の人魚姫のように、その竪琴を奏でる度に、ころりころりと、大粒の真珠がこぼれ落ちてくる竪琴。そのこぼれ落ちた真珠の一粒一粒は、その全てが、上質な花玉だ。
いつか母のような歌を作れるようになりたい、そして、沢山の人にそれを聴いてもらうのだと、もの心付く頃にはそう思うようになっていた。母の生前一度だけ、そのことを、無邪気にも母に告げたことがあった。
すると母は、少し困ったような顔をした後、私の歌は全部、たった一人のためだけに作ったものだから、あなたに同じものは作れっこないわ、あなたはあなたの竪琴を見つけないとね、と笑いながら言った。
それが誰なのか、最後まで母は教えてくれなかったけれど、その代わりに、これが自分の原点だ、と言って教えてくれたのが、晴海さんが話の中で取り上げた、あの古い童謡だった。
母によれば、あの童謡には本来続きがあったのだという。けれど、何十年、ともすれば何百年もかけて口伝えに伝わるうちに何度も何度も形を変え、やがて続きの部分は忘れ去られてしまったらしい。
母は、楽器の販売会社に勤める父に頼んで、その童謡をオルゴールにしてもらい、それをとても大切にしていた。いい歌ができないときや、何かに迷ったときに、これを鳴らしてその音色に耳を傾けていると、自分に必要なものが何なのか、はっきりと見えてくるのだと言っていた。
母が体調を崩して入院したとき、ふと聴きたくなって、母の仕事部屋にしまい込まれていたそのオルゴールを取り出してみたことがあった。そのオルゴールの下には、小さく折りたたまれた紙が置かれていた。
開いて見ると、それは、その童謡の続きの部分を母が自作したものを書きつけたらしい譜面であった。その紙面の右下には、母の字で「我がイテュスへ」と書きこまれていた。
なんとなく見てはいけないものを見たような気がして、一度は元のとおりに戻しておいたが、すぐにまた取り出して、こっそり自分の部屋へ持って帰ってしまった。譜面を覚えたら、すぐに返しておこう、と思ったのだ。
ところが、母がある日突然交通事故で亡くなってしまった。不思議なことに、母が亡くなった後、オルゴールも姿を消してしまった。楽譜はその後、うっかり机の上に出しっぱなしにしていたものを吟太に見つかり、落描きのえじきになった後、ゴミと間違えられて父に捨てられてしまった。
母の形見を失くして始めはショックを受けたが、幸いそのときには、譜面はすっかり頭の中に入っていた。それ以降、初音はときたまこっそりと、母のピアノでそれを演奏するようになっていた。
さくら たちばな もものはな
お山が焼けたら かくれんぼ
月を追いかけ かかさまは
青々 あおい 海のそこ
星をもとめて ととさまは
赤々 あかい 空のうえ
さがす者 とて 誰もなく
お山は もとには もどらない
あおい かきのき おみなえし
お山は もとには もどれない
人は みなみな くちはてるとも
神の まにまに かえります
肉は はらはら うみにとけ
骨は ほろほろ ちにうもれ
魂(たま)は ひらひら そらへちり
すみれ つゆくさ おきなぐさ
いつかは 花となるでしょう
独特の旋律を持ったこの歌が初音はとても好きだったけれど、初音がこの歌をうたうことに、生前の母はあまりいい顔をしなかった。
その理由を、古い歌には強い力が宿るから、むやみに口にしてはいけないのだと、母はよく言っていた。それに、言葉は、誰かが使う度に、その命を少しずつ失っていくのだとも。母のこの言葉は、何だかとても矛盾していると思ったが、なんとなく、反論してはいけないものを感じて何も言えなかった。母の言うことは、学校の先生たちが口にするような分かりやすいものではなかったけれど、学校の先生の言葉よりもずっと、ほんとうのことのように感じられるものばかりだった。
母の作った歌の続きを何度もうたっているうちに、ふと、自分でもその続きを作ってみたくなって、母の作ったものとは違うものを自作してみたこともあった。母の歌は、彼女の作ったほかの歌と同じように、どこか哀しげで切なくて、それでいて、優しい、綺麗なものだった。しかし初音にとっては、それが物足りないものに感じられるようになっていったのだ。作ってみたものは、母のそれと比べればずっと子どもっぽいものだったけれど、彼女にとっては初めて自分で作った、大切な作品となった。
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