8夜

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8夜

 ふと、頭上で何かがうごめくような気配を、初音は感じた。コウモリか何かだろうかと思いながら顔を上げ、その光景を見た瞬間怖気立った。  初音の背丈の三、四倍はあろうかという高さのところに見えるそれらは、一見、小さい頃に見たプラネタリウムの星空や、クリスマスのイルミネーションに似ていた。  けれど、今頭上に見えるものたちは、プラネタリウムの星よりもずっと沢山あったし、イルミネーションの豆電球よりもずっと大きかった。  金色に光るいくつもの目が初音をじっと見下ろしていた。暗闇の中でゆらゆらと揺れながら、ときおりぱちぱちと瞬きをしている。  らんらんと輝くその目は、さっき見た野犬の目をふと初音に思い起こさせたが、それよりももっとずっと冷たくて、もっとずっときらきらしていた。  ひそひそと人が囁きあうような声が頭上から聞こえてきた。 『イサチノミコトだ』 『イサチノミコトが来た』 『違うよ。イサチノミコトじゃない。イサチノミコトならお月さまのにおいがするはずだもの。この子からは、お日さまのにおいがする』  その言葉は、どう考えてみても、頭上の目玉の辺りから聞こえてくる。けれども、それらは決して人のそれではなかった。  顔からさっと血の気が引いたかと思うと、すぐさま耳まで熱くなった。お腹の辺りは水を流し込まれたように冷たいのに、背中の辺りは夏の日差しにじりじりと焼かれているように熱い。丁度、風邪を引いた日の朝の、背中に感じるぞくぞくとした感じとよく似ていた。  きっと自分は夢を見ているのだ、と自分に言い聞かせた。でも、もしそうなら、いったいどこまでが現実でどこからが夢なのだろう。  不意に、天井の辺りから、何かがぽたりと音を立てて初音の足元へと落ちた。初音の足元に落ちた黒い塊は、形といい動きといいスライムとそっくりだった。けれど、初音の足元に這い寄ってきて触れたその表面は、ふわふわとした毛皮に覆われていた。  塊に目を落とした初音は、その中にゆらゆらと浮かぶ、金色をした二つの目に気付いて、短く叫び声を上げた。すると天井からぼたぼたと続けざまに、黒い塊が落ちてきた。自分の顔面に降ってきた塊を懸命に取り除けながら、初音は金切り声を上げて駆け出した。途中、塊のいくつかを踏みつけてしまったが、そんなことには構っていられなかった。
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