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いびきを立てて眠る彼の隣を抜け出すと、テーブルに万札を置く。
見下ろした彼の顔には、長い付き合いだったというのに何の感慨も湧かない。
白み始めた空を眺めながら二度と来ることもない見慣れたホテルを後にする。
タクシーを捕まえて、自宅のアパートへ戻った。
カーテンを閉めたままの薄暗い部屋の中、酸素が送られる水の音とLEDの青い明かりが淡く照らされている。
五十センチの水槽の中では、小さな熱帯魚が複数遊泳している。
底には、沈んだ一匹。
その動かず、体の傾いた一匹に数匹の魚が代わる代わるに群がって行く。
何度も啄まれ、その度に、小さな体がわずかに跳ね上がった。
「そう……あなたたちもお友達が死んで悲しいのね」
まるで、動かない友人を鼓舞するかのようにさえ見える。
何度も、何度も。何匹も。
繰り返し、繰り返し。
啄んで、持ち上げて、沈んで。
「また減っちゃったね。せっかく増やしたのに。これからもっと、増えるはずだったのにね。私のお友達も――彼女との時間も」
何のために、友達との時間を削ったのだろうと溜息が漏れた。
長い時間をかけて、邪魔者を追い出したのに。
まさか大切な友達が最愛の相手に殺されてしまうなんて、思わなかった。
「ずるいわ」
思わず口から漏れた感情は、どちらに対するものなのか。
わたし自身にもわからない。
「勝手だわ。せっかくわたしが、死ぬまで一緒にいるつもりだったのに。本当に死んじゃうなんてね」
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