何度目かの春

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 果たして、子どもの頃に交わした約束というのは一体いつまで有効なものなのだろう。少なくとも俺の答えは『本人たちが覚えている限り有効』だと思っている。 「依央(いお)! 俺、待ってるから! だから! 今度会ったら、また一緒にバスケしよう! それから! えっと……朝から夜までいっぱい喋って、なんかわかんないけど、おいしーもん食べて、また、いっぱい遊ぼう!」  もしも今、そう言ってくれた彼と再会したのなら、彼があの言葉を覚えていたとしたのなら、その時はあの約束が果たされるのだろうか。彼が覚えている確率は一体何パーセントなのだろうか。なんて、俺は時々どうでもいい“タラレバ”を高校生になった今でも考える。    あの時の約束を忘れられずにいる自分は執念深いと思うが、あの約束が、あの時の楽しかった思い出が、当時の自分の心の支えみたいになっていたから忘れられないのは当然なのだと今はもうあきらめている。  もしもタラレバが叶ったとして、彼と再会出来たら俺はなんて言うのだろう。彼はなんて言うのだろう。  また、いつか会えたら、そんなことを思いながら俺は今日を、また、いつものように、笑って過ごすのだ── ♢ 「いやあ~、奇跡奇跡。もはや奇跡ですよ」  幼馴染みの亮ちゃんこと、向井亮(むかいりょう)は、はらり、と落ちて肩に乗った桜の花びらを手で払いながら抑揚のない声で淡々と呟いた。その様は、どこか気だるげで無気力、低燃費、といった所だが亮ちゃんはこれが通常運転なのだ。  静かな住宅街を抜けた先にある遊歩道。大通りに出るよりこっちを通った方が近い上に、車が通らないこともあって俺たちの登下校ルートの一部になっていた。ずら、と何メートルも先にまで伸びる桜並木。先週満開を迎え、休日は花見客でいっぱいだったが、今はもう風が吹くたび、はらはらと落ちては歩道を桜色に染めている。恐らくあと一、二週間もすれば全部散って代わりに爽やかな新緑に包まれるのだろう。 「奇跡って! いやいや! 努力の結果と呼べ!」  どん、と拳で胸を叩いて見せたのはこれまた中学時代からの友人である瀬田淳平(せたじゅんぺい)。亮ちゃんと比べるとまさに正反対で、どちらかと言えば熱血だし、喜怒哀楽がわかりやすい。運動神経は人間の領域を超えているが、どこか抜けているというか頭のネジが一本抜けているところがあって些か心配になるタイプだ。亮ちゃんが気まぐれでクールな猫だとするなら、瀬田は飼い主に従順な大型犬と言ったところだろう。 「瀬田はなんやかんやで帳尻合わせてくるタイプだもんな、昔から」  俺、深山依央(みやまいお)はふたりのやり取りに、いつものこと、と言ったように苦笑しながら合いの手を入れる。 「そう! そういうこと! さすが依央! わかってる!」 「正直、瀬田も無事進学コースだったって聞いたときはついにカンニングしたか、って疑ったよ」 「ひでぇな亮ちゃん」 「たしかに瀬田はアホだけど、そういう曲がったことはしないの亮ちゃんだって知ってるでしょ?」 「依央、アホだけどっていう前置きはいらない!」  高校に入学して早一年。俺たちは無事、二度目の春を迎えた。うちの高校は、特別進学科と普通科に分かれていて、普通科の俺たちは二年でさらにコース選択がある。  進学コース、情報ビジネスコース、総合コースの三つに分かれており、学ぶべきことも少々変わってくる。とはいえ、元々普通科なのだからそこまで大差はない。どこだってよかったのだがコースによって雰囲気が違うのは先輩たちを見れば明らかだった。  情報ビジネスはいわゆる機械オタクが多く、専門的知識を持った人間の集まりで専門用語ばっかり飛び出すし話の大半も何を言ってるかわからない。簡単に言えば陰キャが多い。  総合はとにかくノリで何でもこなすし男女共に派手で騒がしい。いつも大抵誰かが、何をしたのか不明だがむちゃくちゃ怖い先生につかまっては怒られている、陽キャの集まり。とにかく怖い。  進学は、普通。すべてが普通。ちらほら陰キャも陽キャもいるっぽかったけれど、どちらも数える程度だったし、クラス全体でみれば穏やかで落ち着いて見えた。おまけに進学は特進と同じ新校舎に教室があって快適そうだったし魅力のひとつだった。  俺も亮ちゃんも瀬田も、陰キャでもなければ陽キャでもない。自分たちにあっているのは恐らく進学コースだろう。ただ、それだけの理由でコースをを選択したのだった。まともに授業を受け、出席日数を稼ぎ、テストでそこそこ普通の点数さえ取っていれば進学コースへ進むことは何ら難しくはない。  とは言え、瀬田は毎回ひとつは赤点、補講常習者だったから入れるかどうか微妙なラインだったのだけれど、なんとか最後の学期末テストで挽回し無事三人で進学コースへと進むことになったのだ。  そんな経緯があり、冒頭の亮ちゃんの「奇跡」という話につながってくる。 「まあ、クラスは分かれちゃったけどなあ」  シュン、とした様子で肩を落とす瀬田。俺と亮ちゃんは二組、瀬田は三組。ちなみに情報ビジネスが四、五組、六から八組までが総合。 「分かれたって、隣じゃん。それに前のクラスの奴らも何人かいるっぽいし、何より瀬田。お前なら心配しなくても大丈夫だって。その性格なら今日中にでもクラス全員と仲良くなれる」  断言してもいい! と付け加え安心させるように肩を叩けば瀬田は「そうだな! がんばるわ!」とあっさり気持ちを切り替えていた。なんて単純なんだ……だが、そこが良い。瀬田の良さなのである。
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