蝉が哭く頃

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 どうぞ付いてらして  あら、足元大丈夫ですか   ゆっくり  すぐ廊下の突き当たりですから   ほら着きました  今ドアを開けます  ええ   あの頃のままですよ  亮君はあの頃のまま  天使のような微笑みを浮かべてますよ  ほらごらんになって  あの子ですよ    黒い瞳と赤いくちびるが  可愛らしいでしょ    いつもこの部屋でああやってお行儀良くちんまりと座って、わたくしに微笑みかけてくれているのですよ  天使みたいに  もう 半世紀近く  あら、あなた少し呂律が回らなくなって来ましたけど大丈夫? ホホホ、ジャスミンティーですよ。さすがに鍛えていらっしゃるのね。なかなかお薬が効いて来ないからハラハラ致しましたよ。  あらあら、こんな所でお眠りになったら嫌ですよ。ここはわたくしと亮君の二人の部屋なんですから。  ささ、あなたはこちら。  大丈夫ですって。腐敗しないようにちゃんと処理しますから。安心なさって。  ええ、ええ、もう後に誰が来ようが構いませんよ。もう半世紀ですから。  ひと夏の思い出にしたら……長すぎますよ。 
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