蝉が哭く頃

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 あらごめんなさい。  わたくしったら久しぶりのお客さまで少々舞い上がってしまっているみたいです。お客さまにお飲み物もお出ししないで──。いえいえすぐですから、ご遠慮なさらなくてよろしいんですのよ。    あなたジャスミンティーはお好きかしら? あら、お飲みになった事がないだなんて勿体無いこと。わたくしは大好きですの。夏はジャスミンティーに限りますよ。飲み口が爽やかで、ほんの一時でも滝つぼのそばにいるくらいの涼しさを味わえましてよ。心持ち次第でしょうけど。  いえいえすぐですのよ。ほーら、冷蔵庫から出してグラスに注ぐだけですから。ささ、ひと息にお飲みになって、遠くからこんな山奥までいらして、さぞかしお疲れになったでしょう。まー、わたくし自分が年寄りなものですから馬鹿な事を。あなたみたいな屈強でお若い方がこれくらいの小さな山にお登りになって、お疲れになるなんて事はございませんでしょうにね。    あー蝉がまた鳴き始めましたね。    夏は蝉の声がなければ始まりませんよ。  あなたご存知? ほら映画などで夏の場面に蝉の声を入れたりしてますでしょ。あれは日本だけらしいですよ。欧米なんかでは蝉の鳴き声なんて、ただうるさいだけで、蝉自体からして、気持ちが悪い虫くらいにしか思われていないんですって。蝉の鳴き声に夏の情緒を感じるのは日本人特有の感性といいましょうか、血なのでしょうね。
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