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プロローグ
潮風の香る海沿いにある貨物用の大きな倉庫の中には最低限の灯りしかついてはいなかった。薄暗い倉庫の中央に縄で縛られ椅子に座らされた女性と、その近くに男が1人銃を持って佇んでいた。
「タイムリミットはあと5分だが、お前のことを救いに来るヒーロー様はまだ到着しないみたいだな。」
ゲヘヘと汚く笑う男に縄で縛られている女性こと沙良の身体は震えていた。
「来るから。絶対に来るから…」
そう言いつつも不安な気持ちと真夏の倉庫の暑さで沙良は全身汗だくになっていた。綺麗に塗った化粧も汗ですっかり崩れている。楽しみにしていた彼氏の颯太とのデートも目の前の男のせいで台無しになってしまっていた。楽しみにしていたデートの日がこんなことになってしまうなんてこと沙良は当然予想していなかった。
そして日が変わるまで、つまりあと5分以内に颯太がここに来なければ沙良に明日は来ない。
「で、お前の彼氏とやらは1億円なんて大金は持って来られるのか?」
無理だ。
沙良は心の中で即答する。
あの人は自分の1日の生活すら危うい売れない舞台役者なのである。私のことを思う気持ちと実際に行動して救うこととはまた別のことである。きっと私を助ける為に奔走はしてくれてるだろうけど、半日で1億円を用意するなんて無茶もいいところである。
そんなことを考えつつもあくまでも沙良は強がった。
「あの人は私の為ならどんなことをしてでも動いてくれるから。」
はっきりと言い放った。少しでも油断すると声が震えそうだったので脳内で声帯を抑えつける映像をイメージしながら。
「まあどうでも良いんだがな。」
男は再びゲヘヘと嫌な笑い方をしながら続ける。
「俺からしたら労せず大金が手に入るかお前を甚振れるかの二択なんだよ。悪いけどな、俺はどういう未来を迎えてもハッピーエンドにしかならないんだよ。」
男は沙良の髪の毛を掴み沙良と数cmの距離にまで顔を近づけながら言う。沙良は男の唾がかかり不快感で顔を歪めた。
約束の時間まではもう幾ばくもなかった。
男も沙良も颯太が来ないことをほとんど確信していた。
その時だった。
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