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死にたいと思い始めたのは中学生の頃からだった。
もう覚えていない、思春期にはよくあるようなことで死にたがっていたと思う。
私という人間は空っぽで、生きている感覚だって湧いてきたりもしない。
感じることができるのは、死ねないせいでなんとなくこの世に存在している虚無感だけだ。
だから、ノアのクエスチョンには上手く答えられない。
「どうして死にたいんですか」
死にたがる理由なんて人ぞれぞれなんじゃないのかと思うし、給料日前は兎も角として、日常的にひもじい思いをしている訳でも住む家が無い訳でもない。
仕事だって順調だし、着るものも──まぁ特に困ってはいない。
もう何年も実家へは帰っていないけれどまだ両親は生きているし、弟たちも元気にやっているだろう。
守らなければいけない大切な存在もいないし私はひとりで、ある程度不自由なく暮らしている。
ただひとつだけ、消したくても消せない私の中の黒いもの。
「自分が嫌いだからだよ。生きる意味が分からないし」
「なら、自分を好きになったら生きる意味がわかりますか?死にたいとは思わなくなりますか?」
自分のことを好きになるとか、ありのままを受け入れるとか、認めるとか。
私にとって、そんなものは永遠に絶対的に叶うことがない絵空事だ。
完璧なんて有り得ない。
何か一つを得たときに、人は違う何かを失っているものだから。
全てを持ち合わせている人間なんて何処にもいない。
私は「不味い」と言われたことがないくらいには料理もできるし、仕事だって割となんでもこなせる方だ。
少し人見知りだけれど、それなりに人付き合いは下手でもないと思う。
出来損ないではないと思う。
全盛期よりも少し──いや、かなり体型は崩れてしまったけれど。
たとえば今、全盛期の頃のようにモデル顔負けの体型になって、誰もが振り向くような美貌を手に入れたとしても。
それでも私はどうせ、自分の中の足りない何かを見つけ出して死に焦がれるんだろう。
ノアもそれは分かっていた。
「欲深いですからね、人は。アレが手に入れば次はコレ、ってな感じで、尽きませんよ」
だから、とノアは続ける。
「僕は、あなたが自分を好きにならなくてもいいと思っています」
「……」
「死にたいと思う理由を無くすのではなく、生きようと思える理由を見つけましょう」
「生きたいと思える理由…」
「はい。僕はそのために来ました」
そう言って、ノアは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
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