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大人になってからこんなに走った事ってあるだろうか。
答えはノーである。
座って作業をする仕事柄、足腰は若かった頃に比べて衰えていると感じる。
それでもあの不気味な質問を投げかけてきた男から少しでも早く、少しでも距離を遠ざけたくて私は走った。
そのまま自宅へ戻ろうかとも考えたけれど、万が一自宅まで着いてこられていたらと不安になり、全くの逆方向へ向かって走る。
暫く走り、ふと後ろを振り返った。
当然と言うべきか、男の姿は無い。
「怖かった…何なのあいつ」
安堵のため息とともに、はっとする。期間限定のアイスが溶けてしまう。
辺りを見回すと、ちょうど小さな公園がある。私は公園のベンチに座り、今にも溶けて飲み物と化してしまいそうなアイスを食べることにした。
やっぱり、夏はアイスが美味しい。
「こんな所にいたんですね」
聞き覚えのある声に背筋が凍った。姿を見なくてもわかる。あの男だ。
「突然走ってどこかに行ってしまうので驚きました」
私はアイスクリームのカップを見つめたまま、黙っていた。
公園のベンチは日陰にあって、そこそこ風もある。さらに言えばアイスクリームを食べて体の熱は冷まされたはずなのに汗が止まらない。
嫌な汗だ。嫌な汗と、体温の上昇。
「さっきの質問の答えについてですが…」
「い、今は死にたくないですっ」
男の声にかぶせて、大きめの声でそう言いながら私は再び走り出した。
運動不足の私は足がもつれそうになりながらも、自宅へ戻ったら鍵をかけて、カーテンも閉めて今日はもう一歩も外に出ないと心に誓った。
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