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帰宅後、シャワーを浴びた私はそのまま眠ってしまった。
数年ぶりに走った事と、見知らぬ他人からの唐突な質問で心身共に疲弊したのだろう。
目が覚めたのは、日が沈みきった午後の8時過ぎだった。
もうこんな時間か、と心の中で呟く。
明日は仕事だと言うのにこれではこのあと眠れそうにない。
私は冷蔵庫から500mlの缶ビールを取り出して、ベランダへ出た。
今夜は雲ひとつない晴天で、都会ほどではないけれどそれなりに街の灯りが存在するこの場所でも、星がよく見えた。
お気に入りはベランダの手すりの上に座って煙草を吸いながら、ビールを飲むことだ。
食べるものは要らない。洒落たことを言うのであれば、私にとって酒のツマミは星空なのだ。
「ふぅ…」
ぼうっと星空を眺めていると、自然と息が漏れる。煙草の煙を吐くこととは違う。
あわよくば流れ星を見ることが出来たらいいなぁなんて思ったりもするけれど、もう何年も流れ星を見ていない。
明日の仕事は忙しいだろうか。今日はこの後ちゃんと眠れるだろうか。
嗚呼、死にたい───
「ほらやっぱり。死にたいんじゃないですか」
「っ!?」
男が居た。
それも、あまりにも不自然な高さの位置に。
私が住んでいるマンションは5階建てで、私はその5階に住んでいる。
5階の部屋のベランダは勿論5階なわけで、つまり男は5階の高さの位置に、しかも外に、居るということなのだ。
足場もないというのに。
「おばっ、おばけっ!」
男は、恐怖と混乱で座っている手すりから滑り落ちそうになる私を慌てて支えた。
「お化けと言われるのは心外ですが…まぁ、そう言われても仕方無いですね」
困ったような、寂しいような、なんとも言えない表情で男はそう言う。
人間ではないのだろう。こんな所に足場もなく立っている…というより、浮いているのだから。
「手すりに座るのは危ないですよ。このまま落ちたら大怪我か…最悪の場合は死んでます」
そんなことを言われても、そんな風に落ち着いたトーンで叱られても、素直に「そうですね、ごめんなさい」なんて言えない。
そんなことよりも今、目の前の光景が非日常すぎるのだから。
「ひ、昼間の」
「はい、昼間もお会いしましたね」
「何でここに…浮いてる…死にたいって…でもなんで…ストーカー…?」
「ははっ。混乱してますね、ごめんなさい」
言われるまでもない。混乱しているのだ。
幽霊やその類と言われても納得出来てしまうけれど、昼間に会った時に男の影も足も存在していたことは確認済みだ。
この男は、人間と幽霊以外の何かなのだ。
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